茶碗くんの頭の中の日韓関係(予習)
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/07/01 23:00 投稿番号: [32251 / 35788]
>韓日共同歴史研究会の論文だからチャンと呼んでみろ!
日韓歴史共同研究委員会
−広開土王陵碑文の倭軍問題を中心に− 金泰植弘益大学校師範大学教授
http://www.jkcf.or.jp/history/1/1-02-kimtaesik_j.pdf
(抜粋)
加耶では早ければ紀元前1世紀、遅くとも紀元後2世紀からは鉄を量産しており、日本列島では5世紀後半まで鉄をほとんど生産できなかった。これは加耶が製鉄技術を日本列島に伝えず、一方では日本の畿内政権が加耶を制圧できずにいた証拠である。
当時、倭軍の武装体系は重装騎兵を主とする高句麗軍はもちろん、断面陵形鉄鉾と縦長板釘結板甲を主とする加耶軍の武装体系にも到底及ばぬ、短剣と薄い鉄鏃を主としたものであった。その結果、加耶を媒介として動員された倭軍は武装水準のために、韓半島内で独自の行為をするというよりも、加耶または百済の軍隊の下級単位として編制され、活用されたのだろう。
こうして金海の加耶国を中心とする前期加耶連盟は大打撃をうけて解体したが、むしろその周辺一帯と日本列島には肯定的な波及効果を及ぼした。すなわち洛東江上流の嶺南内陸地方と対馬島を経由する日本列島などに数多くの技術者の移民が続いた。特にこれは須恵器、鉄製甲冑、馬具製作をはじめとする日本列島の文化発展に一大契機をなした。5世紀後半の高霊を中心とした後期加耶連盟の台頭と、雄略期に代表される日本の連邦制的な古代国家体制の成立は、これに力を得たところが大きい。
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日本の鉄器文化
http://www2.odn.ne.jp/~nov.hechima/tetu.html
BC450〜BC250年
製鉄滓出土 製鉄炉跡
弥生時代
前期(BC4〜3世紀)
鉄器 鉄滓 フイゴ羽口出土 鍛冶炉の可能性
中期 BC1世紀〜
前半
中国大陸系磨製石器最多 以降減少
(鉄器生産開始で石器生産者集団解体)
鉄製鋤・鍬先・鉄斧・鍛冶遺構出土
日本列島独自の鉄製品(大型鉄戈など)出土
日本列島全域に 工具類など鉄器化
後半
北部九州に大型片刃鎌出現
日本列島産大型直刃鎌出土
鍛冶遺構 西日本から発見多くなる
末
中国大陸や朝鮮半島にない方形鋤・鍬先出土
後期 AD2世紀〜
中国大陸系磨製石器類ほとんど消滅
朝鮮半島南部から北部九州に鉄製錬炉入
古墳時代
3世紀後半〜7世紀初め
当初から鉄器製工具使用
朝鮮半島
鉄器使用開始
説1 〜BC7世紀 自生又は沿海州方面から伝わった
説2 中国大陸の国 燕(BC376〜BC221年)から伝わった
BC108年 漢武帝 4郡を置き鉄生産技術伝わる
中国
漢時代(BC202〜AD220年) 鉄器大量生産
BC1世紀 漢 銑鉄から錬鉄や鋼を生産。この技術朝鮮半島へは伝わらず
日韓歴史共同研究委員会
−広開土王陵碑文の倭軍問題を中心に− 金泰植弘益大学校師範大学教授
http://www.jkcf.or.jp/history/1/1-02-kimtaesik_j.pdf
(抜粋)
加耶では早ければ紀元前1世紀、遅くとも紀元後2世紀からは鉄を量産しており、日本列島では5世紀後半まで鉄をほとんど生産できなかった。これは加耶が製鉄技術を日本列島に伝えず、一方では日本の畿内政権が加耶を制圧できずにいた証拠である。
当時、倭軍の武装体系は重装騎兵を主とする高句麗軍はもちろん、断面陵形鉄鉾と縦長板釘結板甲を主とする加耶軍の武装体系にも到底及ばぬ、短剣と薄い鉄鏃を主としたものであった。その結果、加耶を媒介として動員された倭軍は武装水準のために、韓半島内で独自の行為をするというよりも、加耶または百済の軍隊の下級単位として編制され、活用されたのだろう。
こうして金海の加耶国を中心とする前期加耶連盟は大打撃をうけて解体したが、むしろその周辺一帯と日本列島には肯定的な波及効果を及ぼした。すなわち洛東江上流の嶺南内陸地方と対馬島を経由する日本列島などに数多くの技術者の移民が続いた。特にこれは須恵器、鉄製甲冑、馬具製作をはじめとする日本列島の文化発展に一大契機をなした。5世紀後半の高霊を中心とした後期加耶連盟の台頭と、雄略期に代表される日本の連邦制的な古代国家体制の成立は、これに力を得たところが大きい。
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日本の鉄器文化
http://www2.odn.ne.jp/~nov.hechima/tetu.html
BC450〜BC250年
製鉄滓出土 製鉄炉跡
弥生時代
前期(BC4〜3世紀)
鉄器 鉄滓 フイゴ羽口出土 鍛冶炉の可能性
中期 BC1世紀〜
前半
中国大陸系磨製石器最多 以降減少
(鉄器生産開始で石器生産者集団解体)
鉄製鋤・鍬先・鉄斧・鍛冶遺構出土
日本列島独自の鉄製品(大型鉄戈など)出土
日本列島全域に 工具類など鉄器化
後半
北部九州に大型片刃鎌出現
日本列島産大型直刃鎌出土
鍛冶遺構 西日本から発見多くなる
末
中国大陸や朝鮮半島にない方形鋤・鍬先出土
後期 AD2世紀〜
中国大陸系磨製石器類ほとんど消滅
朝鮮半島南部から北部九州に鉄製錬炉入
古墳時代
3世紀後半〜7世紀初め
当初から鉄器製工具使用
朝鮮半島
鉄器使用開始
説1 〜BC7世紀 自生又は沿海州方面から伝わった
説2 中国大陸の国 燕(BC376〜BC221年)から伝わった
BC108年 漢武帝 4郡を置き鉄生産技術伝わる
中国
漢時代(BC202〜AD220年) 鉄器大量生産
BC1世紀 漢 銑鉄から錬鉄や鋼を生産。この技術朝鮮半島へは伝わらず
これは メッセージ 32215 (juwan_nim さん)への返信です.