劣等サルのバカっぷり
投稿者: i_hate_jap_very_much_2002 投稿日時: 2002/12/08 11:21 投稿番号: [20822 / 35788]
どこまでも感覚のずれた民族だね〜(ため息)
[ノーベル賞] 日本ははしゃぎすぎ? 「国籍」より「業績」
2002 年 12月 8日
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今年の明るい話題に「ノーベル賞ダブル受賞」を挙げる人は少なくない。日本人が一度に2人も選ばれたのは初めてで、「物まねは得意だが独創性がない」と批判される日本にも、優れた人材がいることを内外に示した。しかし、ノーベル財団の本拠地スウェーデンでは、日本という国の存在感はそれほど大きくない。3年連続の受賞も「偶然が重なっただけ」と、日本の手放しの祝福ムードに違和感さえ抱く雰囲気もある。 【ストックホルムで元村有希子】
◇政府の「30人目標」に失笑も
●「野心的な構想」
「日本人受賞おめでとうと言われたのは、発表から2カ月間で一度だけでした」。ストックホルム市内にある日本学術振興会(文部科学省所管の特殊法人)のストックホルム研究連絡センター所長、志村令郎・京都大名誉教授は、現地での受け止め方をこう例える。「日本に無関心なわけじゃない。サッカーのワールドカップで日本が勝ったときは、あちこちで祝福されましたから」
自然科学3賞(医学・生理学、物理学、化学)の発表当日、現地の新聞は内側のページで受賞者の顔写真を掲載し、業績をイラストを交じえて紹介する程度。首相が「捨てたもんじゃないね」とコメントし、喜ぶ家族の表情まで伝える日本の報道とは対照的だった。
「国籍にかかわらず優れた業績をたたえるのがノーベル賞精神。ましてオリンピックのメダルのように目標を決めるのは評判を落とすだけ」と志村所長。日本政府は01年3月策定の科学技術基本計画で学術研究への投資強化をうたい、「今後50年間に30人の受賞者を出す」との「目標」を掲げた。昨年12月、ノーベル賞関係者を前にストックホルムで講演した外国人作家が日本の目標を「野心的な構想」と紹介。「会場に失笑が広がり、いたたまれなかった」と岩佐敬昭副所長は振り返る。
◇過熱取材もお国柄か…
●大報道陣
今回、ストックホルム入りした日本の報道関係者は、公式行事取材をスウェーデン外務省に申請した人だけで約80人。全世界からの半数を占める。
受賞者の宿舎となるホテルには、ノートやカメラを手にした日本の報道陣が目立つ。5日夜、物理学賞の小柴昌俊・東京大名誉教授(76)と化学賞の田中耕一・島津製作所フェロー(43)が到着した時も、40人近い取材陣が玄関で待ち構え、田中さんが「日本と変わらないですね」とこぼす場面もあった。
過熱を警戒するノーベル財団が、両氏のスケジュールを厳重に管理しており、ホテル内での取材も禁じられた。「密着取材」が身上のワイドショー取材班は、本人になかなか接触できず、対応に苦慮している。
田中夫妻に随行するスウェーデン外務省のカイ・レーニウスさんは、94年に文学賞を受けた大江健三郎氏の随行も経験した。「あの時はご本人がマスコミ対応に慣れていて、楽しんでいた。田中さんは慣れないことばかりで、ここに行きたい、あれを見たいなど、希望を言わない」と打ち明ける。85年に随行を務めた米国の研究者は、取材対応に追われることがまったくなかった。
業績よりも人柄や行動が注目される。日本人独特のノーベル賞観かもしれない。
◇時流に乗る研究テーマ
●科学者の層厚く
自然科学分野から3年連続で4人の受賞者が出たことは事実だ。日本の存在感が増しているとはいえないか。
「連続受賞は偶然。それぞれの受賞者が、国際的な評価に値する人材だったという方が適切だ」と言うのは、今年の化学賞選考委員、イングマー・グレンテ・スウェーデン王立工科大名誉教授。たとえば01年の野依良治名古屋大教授(64)は66年と80年の業績、小柴さんも87年の業績でノーベル賞に輝いた。この数年で実力が急に上がったわけではない。
化学賞選考委員長のベングト・ノルディン・チャルマース工科大教授は「日本人研究者の選ぶテーマが時流に乗っていることは確か」と指摘する。00年の物理学賞選考委員長を務めたトード・クラーソン・チャルマース工科大学教授も「日本は企業が研究費を絞り込む一方、政府の投資が増えており、研究の方向も応用から基礎重視に移りつつあるようだ。ノーベル賞は、その研究者がインパクトのある発見をし、科学の世界の新しい扉を開いたかどうかに注目する。その点で、日本は決して他国にひけをとらない」と強調する。
00年に化学賞を受けた白川英樹・筑波大名誉教授は「連続受賞は偶然でしょう。しかし、国際的に活躍する日本人研究者の層
[ノーベル賞] 日本ははしゃぎすぎ? 「国籍」より「業績」
2002 年 12月 8日
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今年の明るい話題に「ノーベル賞ダブル受賞」を挙げる人は少なくない。日本人が一度に2人も選ばれたのは初めてで、「物まねは得意だが独創性がない」と批判される日本にも、優れた人材がいることを内外に示した。しかし、ノーベル財団の本拠地スウェーデンでは、日本という国の存在感はそれほど大きくない。3年連続の受賞も「偶然が重なっただけ」と、日本の手放しの祝福ムードに違和感さえ抱く雰囲気もある。 【ストックホルムで元村有希子】
◇政府の「30人目標」に失笑も
●「野心的な構想」
「日本人受賞おめでとうと言われたのは、発表から2カ月間で一度だけでした」。ストックホルム市内にある日本学術振興会(文部科学省所管の特殊法人)のストックホルム研究連絡センター所長、志村令郎・京都大名誉教授は、現地での受け止め方をこう例える。「日本に無関心なわけじゃない。サッカーのワールドカップで日本が勝ったときは、あちこちで祝福されましたから」
自然科学3賞(医学・生理学、物理学、化学)の発表当日、現地の新聞は内側のページで受賞者の顔写真を掲載し、業績をイラストを交じえて紹介する程度。首相が「捨てたもんじゃないね」とコメントし、喜ぶ家族の表情まで伝える日本の報道とは対照的だった。
「国籍にかかわらず優れた業績をたたえるのがノーベル賞精神。ましてオリンピックのメダルのように目標を決めるのは評判を落とすだけ」と志村所長。日本政府は01年3月策定の科学技術基本計画で学術研究への投資強化をうたい、「今後50年間に30人の受賞者を出す」との「目標」を掲げた。昨年12月、ノーベル賞関係者を前にストックホルムで講演した外国人作家が日本の目標を「野心的な構想」と紹介。「会場に失笑が広がり、いたたまれなかった」と岩佐敬昭副所長は振り返る。
◇過熱取材もお国柄か…
●大報道陣
今回、ストックホルム入りした日本の報道関係者は、公式行事取材をスウェーデン外務省に申請した人だけで約80人。全世界からの半数を占める。
受賞者の宿舎となるホテルには、ノートやカメラを手にした日本の報道陣が目立つ。5日夜、物理学賞の小柴昌俊・東京大名誉教授(76)と化学賞の田中耕一・島津製作所フェロー(43)が到着した時も、40人近い取材陣が玄関で待ち構え、田中さんが「日本と変わらないですね」とこぼす場面もあった。
過熱を警戒するノーベル財団が、両氏のスケジュールを厳重に管理しており、ホテル内での取材も禁じられた。「密着取材」が身上のワイドショー取材班は、本人になかなか接触できず、対応に苦慮している。
田中夫妻に随行するスウェーデン外務省のカイ・レーニウスさんは、94年に文学賞を受けた大江健三郎氏の随行も経験した。「あの時はご本人がマスコミ対応に慣れていて、楽しんでいた。田中さんは慣れないことばかりで、ここに行きたい、あれを見たいなど、希望を言わない」と打ち明ける。85年に随行を務めた米国の研究者は、取材対応に追われることがまったくなかった。
業績よりも人柄や行動が注目される。日本人独特のノーベル賞観かもしれない。
◇時流に乗る研究テーマ
●科学者の層厚く
自然科学分野から3年連続で4人の受賞者が出たことは事実だ。日本の存在感が増しているとはいえないか。
「連続受賞は偶然。それぞれの受賞者が、国際的な評価に値する人材だったという方が適切だ」と言うのは、今年の化学賞選考委員、イングマー・グレンテ・スウェーデン王立工科大名誉教授。たとえば01年の野依良治名古屋大教授(64)は66年と80年の業績、小柴さんも87年の業績でノーベル賞に輝いた。この数年で実力が急に上がったわけではない。
化学賞選考委員長のベングト・ノルディン・チャルマース工科大教授は「日本人研究者の選ぶテーマが時流に乗っていることは確か」と指摘する。00年の物理学賞選考委員長を務めたトード・クラーソン・チャルマース工科大学教授も「日本は企業が研究費を絞り込む一方、政府の投資が増えており、研究の方向も応用から基礎重視に移りつつあるようだ。ノーベル賞は、その研究者がインパクトのある発見をし、科学の世界の新しい扉を開いたかどうかに注目する。その点で、日本は決して他国にひけをとらない」と強調する。
00年に化学賞を受けた白川英樹・筑波大名誉教授は「連続受賞は偶然でしょう。しかし、国際的に活躍する日本人研究者の層
これは メッセージ 1 (kim20OO さん)への返信です.