日本第一
投稿者: japanno1no1 投稿日時: 2002/09/12 12:38 投稿番号: [20192 / 35788]
http://www.jca.ax.apc.org/nmnankin/liu03.html#l34
3・4.暴行を受けた女性達のその後
「The Rape of Nanking」の作者、アイリスチャンは、女性が受けた屈辱について書いている:
「年配の婦人たちが遭遇した災難を、恐るべき、と形容するならば、幼い少女たちを襲った暴虐を何と形容すればよいのか。その後数週間にわたって歩くことも出来なかったり、精神に異常をきたしたりするケースが多く、その場で死に到った少女もいた」。
暴行を受けて亡くなった女性を埋葬した崇善堂には、つぎのような埋葬記録が付録として記されている:
【婦人死体の中には髪を振り乱したもの、乳を切り取られたもの、胸を刺されたもの、服をはぎとられたもの、生前に辱めを受けた人たちである。怒りの表情をそのまま残した婦人死体もある;頭を上げ、目を開き、口をあけたまま、手足をぐっと張り、下着を破かれ・・・生前に強姦を拒否した人たちである。むごい!むごい!】
半年死体運びのトラックの運転手をしていた人の記憶による証言によれば:
【朝天宮の前は秦淮河である。河の中にも沢山の死体があった。最も哀れなのは一人の女性の死体である。見た所また非常に若い、裸のまま川に浮かんでいた。片腕が切り取られ、おしっこをする所に一本の刀が刺さってあった。さまざまなものを見てきたが、これ程悲惨な光景はなかった。婦人の死体は概して髪の毛を振り乱し、衣服をちゃんと身につけていた人はいなかった】
幸いにも死亡しなかった女性もいた。しかし日本軍の暴行は彼女達のその後の人生に長く尾を引いた。当時南京にいた婦人科のドイツ人医者によると、「多くの女性が憎い日本兵の子を身ごもったのである」。
これは メッセージ 1 (kim20OO さん)への返信です.
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