>破壊された文化財も数え切れないほど
投稿者: diediechon 投稿日時: 2002/07/04 16:51 投稿番号: [19302 / 35788]
1446年(世宗28年)判中枢院事李順蒙が、その上書の中で『臣聞く、前期(高麗朝)の季、倭人は一、二に過ぎずして、本国(高麗)の民仮に倭服を着して党をなし、乱を作すと』と書いているのが注目される。倭寇のうち日本人は10〜20%にすぎなかったというのである。
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李朝では代を重ねるごとに、儒教による仏教に対する締めつけが、いっそう強められるようになった。儒教唯一絶対主義といわれる体制が固まっていった。仏教は目の敵とされた。高麗朝が倒れたときには、全国に1万以上も寺があったというのに、寺の数を242にまで減らし、寺が所有していた土地や、奴婢(ノビ)と呼ばれた奴隷を没収した。四代目の国王の世宗(在位1418年〜50年)は、全宗派を禅教2宗に統合して、それぞれわずか18寺院だけを残して、他の寺を廃した。九代目の成宗(在位1469年〜94年)は、出家することを全面的に禁じた。
李朝時代は、そのまま仏教を苛めた歴史であるといってよい。十一代目の中宗(在位1506年〜44年)は、全国にわたって仏像を没収して、溶かしたうえで武器に鋳造した。
豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)は1592年
チョンの歴史教科書はファンタジーだな(笑い)
これは メッセージ 19300 (ilkuji_99 さん)への返信です.
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