忘恩ちょん
投稿者: daemon_tools 投稿日時: 2002/06/03 12:07 投稿番号: [18829 / 35788]
「朝鮮紀行」
イザベラ・バード
1897年
(1998年
講談社学術文庫)
首都の第一印象(李氏朝鮮時代)
都会であり首都であるにしては、そのお粗末さは実に形容しがたい。礼節上2階建ての家は建てられず、したがって推定25万人の住民は主に迷路のような「地べた」で暮らしている。路地の多くは荷物を積んだ牛どうしがすれちがえず、荷牛と人間ならかろうじてすれちがえる程度の幅しかなく、おまけにその幅は家々から出た個体および液体の汚物を受ける穴か溝で狭められられている。
朝鮮総督府は、そのような社会に上下水道をつくり、道路をつくり、近代都市をつくりあげたのだった。もっと知らなければならないのは、朝鮮の都市計画は、総督府の予算からではなく、すべて日本の国家予算で施行したものであったことである。
忘恩ちょんは氏ね。
これは メッセージ 1 (kim20OO さん)への返信です.
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