なぜ日本人は、嫌われるのか?

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慰安婦を戦場売春婦と呼ぶ人たちへ、

投稿者: Roadster_Z 投稿日時: 2002/02/22 21:17 投稿番号: [16567 / 35788]
jesus_christ_is_yellowさん、こんばんわ。
貴方をタイトルに書いた人たちの一人かどうかということはわからないんですが、慰安婦の話題が出たので、ぶら下げさせてください。

私は慰安婦を戦場売春婦と呼ぶ人たちについて非常に強い嫌悪感を抱いています。
しかもそれがいわゆるサヨクの口からではなく、反自虐史観の立場に立つ人の中から出てくることにです。

角田和男海軍中尉がご自身の手記の中で以下のように書いておれらます。
慰安婦たちは色んな事情で戦地に赴いたんでしょうが、素顔の慰安婦たちはただの哀れな性の奴隷でもなく、単なる商売に行った売春婦でもなく、日本軍人と同様に身命を日本のために捧げた人たちだと思いますね。
戦後世代の私たち日本人なら全ての従軍された軍人、軍属の方々に対してと同様の敬意、感謝と苦労をねぎらう気持ちを持つことが必要だと思います。

「零戦特攻」角田和男著
朝日ソノラマ文庫   P186−189ページより

------------------ -引用開始 ------------
  不思議に思い、いろいろ事情を尋ねると、ここラバウルに今いる海軍下士官兵用の慰安婦は、ほとんどが元山付近の北朝鮮出身者が多いのだが、初めは女子勤労挺身隊として徴用され、横浜に着いた時に、内地の軍需工場で働く者と前線の慰安部隊との希望を聞かれ、気の強い仲間が、仕事の内容は知らずにお茶汲みか食事洗濯の手伝いくらいに考えて、前線を希望したのだという。
  船に乗せられてトラック島に向かう途中で、初めて慰安婦の仕事を説明され、驚いたがすでに遅かった。船の中では毎日、これも天皇陛下のためであると教育され、トラックを経由、ラバウルに着いた時は、大部分の者があきらめ、しばらくの間は四、五名の者がいうことをきかなかったが、今では故郷に許婚者が待っているという一人だけが、頑張って何と言われてもきかず、仲間の洗濯、炊事などをしているということであった。
「私は天皇陛下のために、兵隊さんの奥さんの代わりを務めようと決心しました。仲間内にはよく日本語の話せない子もいますが、私は京城の高等女学校を卒業し、内地人の生活も大体知っているので、なるべく内地の奥様らしく務めるよう努力しているのです」と言う。初めて会った時の挨拶も、この子にできる精一杯の忠義心であったのだ。
  しかし、このようなことは故郷には知らせられない。家には横浜局気付で元気に工場で働いている、詳しいことは軍機で書けない、といつも簡単に葉書を出している。お金は沢山もらえるが、使い途がない。家に十円以上は送れないという。それ以上の大金が女の子にかせげるわけがないから、監督者は金をためて、横浜あたりで将来は料理店でも開いたらどうかということで、大体みなそのつもりで、故郷へは帰らない決心でいるのだという。
「監督の説明では、もし万一ここで戦死するようなことがあれば、身分を一階級進めて特志看護婦として公報され、靖国神社に祭ってもらえるとのことです、私は店を開くより、靖国神社に祭ってもらい、立派に軍属として父母に公報を届けてもらった方がいいのです。防空壕に入っては戦死できませんから」と言う。
  戦争とはいえ、何と不幸な人たちのいることか。人生を完全に狂わされてしまったのだ。時々心ない兵隊のからかいに、彼女たちは、「何をいうか、天皇陛下一つ。朝鮮朝鮮パカにするな」の叫び声は毎夜のようにどこかで聞かれた。

------------------ -引用終了 ------------
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