>解放同盟って
投稿者: matarougakuru2002 投稿日時: 2002/11/09 14:59 投稿番号: [98524 / 203793]
江戸時代の賎民制度は百姓にお前らより下がいるぞと言って生きがいを持たせるためのものでした。農民には贅沢をされては困るがかといって絶望されてはもっと困るからです。現代の会社内においても当てはまる例がないといいきれるでしょうか。組織というのはエリートばかりでは機能しません。エリートとされる人も必要なら、落ちこぼれ、無能とされてバカにされる人も必要であったりします。
部落差別は元は江戸幕府が支配体制の一環として設立したものですが、過去の賎民制度との関わりもあったかもしれませんが詳しくは知りません。
しかしこれは人間の心理を巧みに利用した大変狡猾な政策でもあったのです。現代においてさえも消滅せず一部の人間の心理の中に強固に現存することがそれを証明しています。
あの参勤交代制度でさえ、幕府が強制したものではなく、最も大きな外様藩である薩摩が幕府への忠誠を示すために藩主の妻と子供を人質として差し出したため、他の幕府もそれならわれもわれもとなって制度化されたものと聞きます。このように幕藩体制は非常に巧妙なしくみのもとに機能していたわけです。
これはもちろん悲惨な戦国時代を生き抜き天下を取った徳川家康の微にいり細にわたる努力も大いに関係していることでしょう。現代において核兵器が結果として世界大戦の抑止力になっているように、これらの差別的制度も平和を保つための必要悪(?)と考えていたことでしょう。「百姓は生かさぬように、殺さぬように」とは彼の有名な言葉です。これは現代のサラリーマンにも通じるかもしれませんが。いやサラリーマンは武士でしたか。
この結果日本は国家的な統一市場が形成され経済マーケットも機能するようになり江戸の都市は当時の世界でも有数のものとなりました。これはペリー来航以来の国難にも最終的に国家としてまとまり近代化に成功したこと、その後の日本の経済成長にも大いに関係しています。
しかしその陰で十分近代化されえなかったものがずっと残ってしまったことも事実です。そこまで制度や国民意識を変える必要性もなかったし余裕もなかったということかもしれません。もちろん戦後の経済成長により自動的に人々の意識から薄れていったことはたくさんあるでしょう。
これは日本人の中の人間関係の原理はあまり西洋的なものとならず現在でも日本人特有のものとして残っていることからも分かります。このあたりのことは元一ツ橋学長の阿部謹也先生が指摘しておられます。戦後までは華族・皇族が存在し、現代においても未だ天皇制が残存しているということの裏がえしの問題でもありえます。貴の対局が賎とされるからです。天皇なんてばかばかしい制度だといってしまうのは簡単ですが、現に存在しこれからも存在しつづけるわけです。それには全く何の理由もないわけがありません。
マネジメントの立場など、組織をまとめる立場にいる人なら当然考えるべきことと思います。どうやって組織をまとめるか、人をマネジメントするかということを合理的に考えた場合、理想論だけでは人は動かないという現実に直面するはずです。
つまり非常にCost-efficientな制度だったというわけです。結果として日本人の民族性を特徴付ける大きな要素の一つともなったともいえます。
部落差別は元は江戸幕府が支配体制の一環として設立したものですが、過去の賎民制度との関わりもあったかもしれませんが詳しくは知りません。
しかしこれは人間の心理を巧みに利用した大変狡猾な政策でもあったのです。現代においてさえも消滅せず一部の人間の心理の中に強固に現存することがそれを証明しています。
あの参勤交代制度でさえ、幕府が強制したものではなく、最も大きな外様藩である薩摩が幕府への忠誠を示すために藩主の妻と子供を人質として差し出したため、他の幕府もそれならわれもわれもとなって制度化されたものと聞きます。このように幕藩体制は非常に巧妙なしくみのもとに機能していたわけです。
これはもちろん悲惨な戦国時代を生き抜き天下を取った徳川家康の微にいり細にわたる努力も大いに関係していることでしょう。現代において核兵器が結果として世界大戦の抑止力になっているように、これらの差別的制度も平和を保つための必要悪(?)と考えていたことでしょう。「百姓は生かさぬように、殺さぬように」とは彼の有名な言葉です。これは現代のサラリーマンにも通じるかもしれませんが。いやサラリーマンは武士でしたか。
この結果日本は国家的な統一市場が形成され経済マーケットも機能するようになり江戸の都市は当時の世界でも有数のものとなりました。これはペリー来航以来の国難にも最終的に国家としてまとまり近代化に成功したこと、その後の日本の経済成長にも大いに関係しています。
しかしその陰で十分近代化されえなかったものがずっと残ってしまったことも事実です。そこまで制度や国民意識を変える必要性もなかったし余裕もなかったということかもしれません。もちろん戦後の経済成長により自動的に人々の意識から薄れていったことはたくさんあるでしょう。
これは日本人の中の人間関係の原理はあまり西洋的なものとならず現在でも日本人特有のものとして残っていることからも分かります。このあたりのことは元一ツ橋学長の阿部謹也先生が指摘しておられます。戦後までは華族・皇族が存在し、現代においても未だ天皇制が残存しているということの裏がえしの問題でもありえます。貴の対局が賎とされるからです。天皇なんてばかばかしい制度だといってしまうのは簡単ですが、現に存在しこれからも存在しつづけるわけです。それには全く何の理由もないわけがありません。
マネジメントの立場など、組織をまとめる立場にいる人なら当然考えるべきことと思います。どうやって組織をまとめるか、人をマネジメントするかということを合理的に考えた場合、理想論だけでは人は動かないという現実に直面するはずです。
つまり非常にCost-efficientな制度だったというわけです。結果として日本人の民族性を特徴付ける大きな要素の一つともなったともいえます。
これは メッセージ 98485 (kaikakuman さん)への返信です.
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