戦争は全的に自分の責任」裕仁発言、
投稿者: davidpkjp 投稿日時: 2002/10/19 00:37 投稿番号: [93131 / 203793]
アメリカを除外した連合国たちは侵略戦争の総責任者として戦犯者,島国倭(日本)の日本王,裕仁を当時処刑することを希望した.
しかし米国が反対した.
なぜ反対しただろうか?
即ち, 裕仁を人ではなく生きている神に信じていた馬鹿たちとして島国倭人(日本人)を統治するため目的に裕仁を処刑しなかった.
即ち, 米国は米国の植民地として島国倭(日本)と倭人(日本人)を植民統治するためな 一つの道具として裕仁を利用したのだ.
その後処刑をやられない裕仁が平和主義者に変わり身をしながら死ぬ時まで島国倭(日本)の倭人(日本人)に尊敬を受けたが正しい歴史は今も裕仁は明らかな戦犯者だったと証拠しているのだ.
島国倭(日本)の天皇制は直ちに廃止されなければいけない .
なぜならば天皇制が続いて存続されたら
侵略歴史を歪曲して美化する狂乱的島国倭(日本)の右翼政治家たちと右翼団体たちがそのような島国倭の天皇制を続けて利用するだろう.
島国倭(日本)と倭人(日本人)の完全な滅亡を向かって.....
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戦争は全的に自分の責任」裕仁発言、真偽めぐり論議
日本の敗戦直後、天皇裕仁が米国側に戦争責任を認めたかどうかに再び関心を集まっている。
これまでは天皇裕仁が連合軍総司令官マッカーサー将軍に初めて会った時「戦争は全的に自分の責任」と述べたことが定説となっている。
しかし日本外務省が17日公開した「1945年9月27日裕仁・マッカーサーの第1回会談」という資料によると、裕仁は「自分自信が(戦争を)避けようとしたが、こうした結果が出て非常に遺憾」と述べたとだけ記録されている。
裕仁は「私も日本国民も敗戦を十分に認める。ポツダム宣言を忠実に履行する」と述べたが、「責任」という表現は使用していないものと外務省の資料は記録している。裕仁はマッカーサーと計11回会っているが、日本は第1回会談の記録しか保管していないと外務省は明らかにした。
しかし秦郁彦日本大教授は「連合軍総司令部が米国務省に送った『マッカーサー司令官の伝言』記録には、裕仁天皇が『日本国民の代表としてあらゆる行動に責任を負う』と述べたと書かれている」と明らかにした。
これは メッセージ 1 (retribution さん)への返信です.
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