日本叩きに道徳的優越感
投稿者: ackroyd_36 投稿日時: 2002/10/18 00:09 投稿番号: [92806 / 203793]
コピぺ。
【韓国事情】日本叩きに道徳的優越感
慰安婦問題は日中間のいわゆる[南京大虐殺]問題と似たところがある。諸外国および日本における反日活動家達の間で、もっとも効果的な日本糾弾の材料として利用されるからだ。
それと共に[強制連行された韓国(朝鮮)人慰安婦二十万人]という、正体不明の数字が独り歩きしている点も似ている。
慰安婦問題は、[女性]あるいは[性]に関する出来事だけに、韓国国民の被害感情、民族感情をこの上なく刺激してきた。と同時に日本に対しては[道徳的非難]を浴びせる上で最も効果的なテーマになってきた。この反日ゆえに、この[過去の扉]はなかなか閉じられない。
いわゆる[従軍慰安婦]という過去については、現在の日本が国歌としてどこまで責任を取らなければならない問題なのか、いまなお議論が分かれる。
たとえば韓国で1990年代初め、問題が世論化するに際し、いわば[元慰安婦第一号]として名乗り上げ運動の先頭に立った金学順さんの場合、養父に連れられて出て行った出稼ぎ先の中国で数ヶ月間、慰安婦の仕事をしたというが、その客の中に日本兵がいたと言う事にすぎなかった。
韓国の支援団体による元慰安婦に対する聞き取り調査でも、慰安婦になった背景はさまざまだ。その人生は同情すべきものだが、どこまでが日本国家の責任なのか必ずしも明らかでない。
それでも、旧日本軍との関わりを理由に、日本政府は[お詫びと反省]を繰り返してきた。1992年の日韓首脳会談、1993年の官房長官談話、その後の民間基金からの一時金支給に際しての橋本龍太郎首相の書簡など。1992年の日韓首脳会談の場合、宮沢喜一首相は八種類の言葉で[お詫びと反省]を述べたと言う記録が残っているほどだ。しかし韓国の当事者や支援団体、マスコミは以前、日本に対し[国家補償と謝罪・反省]と言い続けている。支援団体の日本人たちもそうだ。[外交問題にはしない]といった韓国政府も手を引いたはずなのに、実は国連の人権関係会議などで支援団体と歩調を合わせ、依然日本を非難して続けている。
慰安婦問題での執拗さを理解する上でヒントになる韓国の新聞社説がある。
[日本政府は今もなお、その過ちを認めず、正当な補償も回避する事で道徳破綻的な姿を見せている。慰安婦問題は日本が真の意味で道徳的先進国になる上での永遠の障害になっている](1997年8月16日朝鮮日報)
つまり慰安婦問題は韓国から見る時、日本にとっての[道徳的弱点]というわけだ。自ら高みに立ち、日本を道徳的に劣った存在と位置付ける事は日本に対する道徳的快感をもたらす。これは韓国人にとってこの上ない民族的快感である。こうした[反日の快感]は日本の支援団体たちも共有している。慰安婦問題は日韓の外交案件から外れた後、主に両国の支援形によって国連などの国際舞台で取り上げられている。国際的な日本たたきの[快感]は大きい。
筆者は20年近く韓国マスコミの日本報道に接してきたが、日本の失敗やミス、あるいは日本に対する国際社会での批判や非難を韓国マスコミほど喜ぶところは無いように思う。
例えば、一昨年、日本で問題になった旧石器時代の遺物でっち上げ事件では、韓国マスコミは我がことの様に大々的かち息長く、そして楽しげに(?)伝えていた。
日本をこき下ろし、日本がこき下ろされる事で民族的優越感を感じると言う心理だろうか。
近年、盛んな過去清算に関わるドイツとの比較論もそうだ。ナチスドイツのどこでの他国支配は日本の韓国支配と同じなのか不思議な議論だが、とにかく[ドイツに比べてだ日本はだめだ]と言う事が韓国人にとっては民族的快感なのだ。
慰安婦の[扉]がいまだに閉じられない背景には、韓国側のこうした民族心理がある。日本を非難、糾弾し続けることで民族的に安心(?)したいというか。したがってこの事情は日本側の努力や配慮で解決するものではない。
黒田勝弘著 [日韓新考]より
【韓国事情】日本叩きに道徳的優越感
慰安婦問題は日中間のいわゆる[南京大虐殺]問題と似たところがある。諸外国および日本における反日活動家達の間で、もっとも効果的な日本糾弾の材料として利用されるからだ。
それと共に[強制連行された韓国(朝鮮)人慰安婦二十万人]という、正体不明の数字が独り歩きしている点も似ている。
慰安婦問題は、[女性]あるいは[性]に関する出来事だけに、韓国国民の被害感情、民族感情をこの上なく刺激してきた。と同時に日本に対しては[道徳的非難]を浴びせる上で最も効果的なテーマになってきた。この反日ゆえに、この[過去の扉]はなかなか閉じられない。
いわゆる[従軍慰安婦]という過去については、現在の日本が国歌としてどこまで責任を取らなければならない問題なのか、いまなお議論が分かれる。
たとえば韓国で1990年代初め、問題が世論化するに際し、いわば[元慰安婦第一号]として名乗り上げ運動の先頭に立った金学順さんの場合、養父に連れられて出て行った出稼ぎ先の中国で数ヶ月間、慰安婦の仕事をしたというが、その客の中に日本兵がいたと言う事にすぎなかった。
韓国の支援団体による元慰安婦に対する聞き取り調査でも、慰安婦になった背景はさまざまだ。その人生は同情すべきものだが、どこまでが日本国家の責任なのか必ずしも明らかでない。
それでも、旧日本軍との関わりを理由に、日本政府は[お詫びと反省]を繰り返してきた。1992年の日韓首脳会談、1993年の官房長官談話、その後の民間基金からの一時金支給に際しての橋本龍太郎首相の書簡など。1992年の日韓首脳会談の場合、宮沢喜一首相は八種類の言葉で[お詫びと反省]を述べたと言う記録が残っているほどだ。しかし韓国の当事者や支援団体、マスコミは以前、日本に対し[国家補償と謝罪・反省]と言い続けている。支援団体の日本人たちもそうだ。[外交問題にはしない]といった韓国政府も手を引いたはずなのに、実は国連の人権関係会議などで支援団体と歩調を合わせ、依然日本を非難して続けている。
慰安婦問題での執拗さを理解する上でヒントになる韓国の新聞社説がある。
[日本政府は今もなお、その過ちを認めず、正当な補償も回避する事で道徳破綻的な姿を見せている。慰安婦問題は日本が真の意味で道徳的先進国になる上での永遠の障害になっている](1997年8月16日朝鮮日報)
つまり慰安婦問題は韓国から見る時、日本にとっての[道徳的弱点]というわけだ。自ら高みに立ち、日本を道徳的に劣った存在と位置付ける事は日本に対する道徳的快感をもたらす。これは韓国人にとってこの上ない民族的快感である。こうした[反日の快感]は日本の支援団体たちも共有している。慰安婦問題は日韓の外交案件から外れた後、主に両国の支援形によって国連などの国際舞台で取り上げられている。国際的な日本たたきの[快感]は大きい。
筆者は20年近く韓国マスコミの日本報道に接してきたが、日本の失敗やミス、あるいは日本に対する国際社会での批判や非難を韓国マスコミほど喜ぶところは無いように思う。
例えば、一昨年、日本で問題になった旧石器時代の遺物でっち上げ事件では、韓国マスコミは我がことの様に大々的かち息長く、そして楽しげに(?)伝えていた。
日本をこき下ろし、日本がこき下ろされる事で民族的優越感を感じると言う心理だろうか。
近年、盛んな過去清算に関わるドイツとの比較論もそうだ。ナチスドイツのどこでの他国支配は日本の韓国支配と同じなのか不思議な議論だが、とにかく[ドイツに比べてだ日本はだめだ]と言う事が韓国人にとっては民族的快感なのだ。
慰安婦の[扉]がいまだに閉じられない背景には、韓国側のこうした民族心理がある。日本を非難、糾弾し続けることで民族的に安心(?)したいというか。したがってこの事情は日本側の努力や配慮で解決するものではない。
黒田勝弘著 [日韓新考]より
これは メッセージ 1 (retribution さん)への返信です.
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