日本は韓国の植民地 (七支刀が証明2)
投稿者: davidpkjp 投稿日時: 2002/10/17 13:47 投稿番号: [92531 / 203793]
http://www.sehyun-sword.co.kr/dk-sevensword.htm
歴史的に日本は韓国の植民地として侯国と分国だった. とくに百済の侯国と分国
だった.
このような明らかな事実は七支刀が明確で証明している.
百済の王世子(東宮)が倭王にくれた七支刀の名文だ.
誰が見ても明らかで現在の韓日古代史学界が共通的に認めている事実は百済の王
世子(東宮)と倭王こそ七支刀をくれて受けた主体だった事実だ.
即ち七支刀名文は百帝王ではなく,百済の王世子(東宮)が倭王に七支刀をくれたこ
とを明らかに明確で言っている.
この句で百済の王世子(東宮)が倭王に対応しているという事実だけはとても確実
だ.
即ち, 古代から日本というの国が立てられる時まで韓半島からおびただしい韓民
族が島国倭(日本)に渡って行った.
それで歴史的に韓国の植民地だった島国倭(日本)は百済の侯国と分国としての植
民地になって日本というの国の名前も百済人が作って従って日本というの国も百
済人が設立した国だ.
即ち, 島国倭は百済の植民地として, 数多い百済の王族たちが島国倭に渡って行っ
て百済の侯国と分国としての島国倭を統治したのだ.
従ってそんなに島国倭の王になった倭王(百済人)に百済の王世子(東宮)が島国倭
をよく統治するという意味に七支刀をくれたのだ.
このように歴史的に韓国の植民地として島国倭(日本)は自分自身の歴史書がなかっ
たがなぜなかったのか?
なぜならば古代から日本というの国が成立する時まで韓国と韓国人の植民地であっ
たことために...
それで百済が滅亡した後, 宗主国で本国の国民たちだった百済人たちが島国倭(日
本)に渡って行って日本というの名前を作って日本というの国を立てた.
また日本書記といびきをかいてことという歴史でもマンヌンのだ
百済流民たちが日本列島に渡が日本というの国を立てた後,新羅に対した敗北感を
克服して日本の歴史を美化するためで百済人,太安萬呂がA.D.712年に古事記を A.D.720年
に日本書記を記録したのだ.
こんな劣等国家と劣等国民として島国日本と日本人たち!!
これは メッセージ 1 (retribution さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a4ja4bc4z9qbfma4oa1a27ya4oa4la4ka4na4aba1a9_1/92531.html