日本警察の孫が安重根義士の遺墨を寄贈
投稿者: davidpkjp 投稿日時: 2002/10/11 21:00 投稿番号: [91235 / 203793]
誇らしい韓国人,Lee BongChang義士が1932年 1月に日王,裕仁を向かって手榴弾を投げて処断しようとしたが失敗した.
もし成功したら裕仁をもう少し早く地獄に送ることができただろう失敗してしまった.
それで韓国人として私はこんな 思ってみる.
もし安重根義士が裕仁を処断しようとしたら必ず成功しただろうと..
本当誇らしい数多い韓国の義士たち.
これから大韓民国は島国倭(日本)と倭人(日本人)に本当義士というの言葉はどんな意味なのか教えてくれるためで全て準備しなければいけない.
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安重根(アン・ジュングン)義士の旅順での獄中生活を見守った当時の日本警察の後裔が、安重根義士の遺墨を韓国に寄贈した。
日本高知県に住む八木正澄(77)太平洋産業株式会社会長は11日、安重根義士が伊藤博文を狙撃し、1910年3月に死刑される直前、獄中で書いた遺墨のうちの1点を、安重根義士崇慕会に無償で寄贈した。
この遺墨は「言忠信行篤敬蛮邦可行」と書かれた10文字で、「言葉に誠実さと信義があり、行動が篤実で敬虔ならば、たとえ野蛮な国でもこれに従う」という内容だ。遺墨を引き取った安重根義士崇慕会の金永光(キム・ヨングァン)理事は「用紙や筆跡からして本物だということが、国内の専門家らによって確認された」とし、「力強く一度に書かれた文字は、安重根義士が獄中で比較的気分の良かった日に書いたものと思われる」と説明した。
遺墨を寄贈した八木会長は「子供の頃、警察官だった祖父に連れられて、韓国で13年間少年時代を過ごしたので、私も3分の1は韓国人」としながら、「韓国の人々だけでなく、世界中の人々が見て、安重根義士の勇気と正義感を学んでもらえたらと思い、寄贈することにした」と語った。
八木会長はしかし「祖父が安重根義士とどのような言葉を交わし、どんな関係だったのかは聞いたことがない」とし、「刑務所で警察官と収監者の仲だったのではないだろうか」と語った。
安重根義士の遺墨は時価5億ウォンといわれるが、八木会長は「歳も取ったことだし、私は展示館に飾られた遺墨の写真一枚で充分」と笑った。
これは メッセージ 1 (retribution さん)への返信です.
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