>韓国光復軍
投稿者: ssvt_11 投稿日時: 2002/09/24 23:37 投稿番号: [86793 / 203793]
「韓国の悲劇」小室直樹著
光文社より
日本は、8月15日、ポツダム宣言を受諾したが日本帝国の朝鮮支配は
まだ終わっていなかった「解放記念日」(光復節)といわれた8月15
日も、日章旗は、日本の朝鮮支配のシンボルたる総督府にも、李王朝の
シンボルたる景福宮にも、役所にも工場にも学校にもひるがえっていた
のである。自由朝鮮の国旗たるべき太極旗はすぐにおろされてしまった。
これに対し、革命の指導者も、独立の志士も、何一つできなかった。
民衆も、昨日のごとく今日もありなんとばかり、座したままであった。
このことは銘記されなければならない。
アメリカが交渉として選んだのは、朝鮮総督府であり、アメリカ軍が気に
したのは、上月良夫中将の朝鮮軍管区軍(もちろん日本軍)であった。
8月15日のポツダム宣言から9月9日の、朝鮮総督府、朝鮮軍管区軍の
沖縄二十四軍団への降伏がなされるまで、韓国における統治は、なお総督府の手にあり、朝鮮軍管区軍によって治安は保たれていた。
郡民蜂起もなく、いわんや革命もなかった。
「反日帝」の指導者はみんなまごまごするだけで何をどうしてよいのかわか
らなかった。
このことがもつ、歴史的重大性は、強調されすぎることはない。
上海における「大韓臨時政府」は、大東亜戦争が勃発したとき、形式的には
大日本帝国に宣戦した。だが、それっきり。韓国光復軍は、連合軍を助けて
対日戦闘に参加したことは一度もなかった。
大韓臨時政府と韓国光復軍には八路軍(中国共産党軍)などとは違って、
日本軍と正式に会戦したらとても勝てないから、せめてゲリラ戦でも。この
発想がなかった。
もし韓国光復軍が、一度でも日本軍と交戦したならば、韓国は、連合軍の
一員として認められだろう。それが無理ならば、せめて対日ゲリラぐらい
展開していれば、韓国政府は、より早く、より確実に、朝鮮半島の人心を
つかんでいたことであろう。
ことによると、朝鮮戦争など起きなかったかもしれない。
これは メッセージ 86776 (taikingdam さん)への返信です.
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