瑞鶴どの
投稿者: shinkuuboakagi555 投稿日時: 2002/09/16 13:16 投稿番号: [84152 / 203793]
確かに、当時のマレー、シンガポールの華人構成は複雑ですね。
マラヤ共産党というとマラヤ人で、抗日ゲリラなどと誤解したやつがいつかこのカテにもあらわれましたが。
マラヤ共産党とはいっても、マラヤ人はひとりも構成員にはいず、全部華人なのに。
シンガポール粛清事件の華人犠牲者の数についても、1千人から10万人まであります。
中島は色々な証拠、面談等を通じてえたことから、こう書いています。
「要するに、正確な人員はどうしても把握できないのが実情である。しいて推測すれば、警備隊司令官隷下、憲兵隊で粛清した人員は1千名前後、いくら過大に見積もっても2千名に満たないのが真相だろう」(前掲書p49)
戦争継続中で、常に弾薬不足に悩まされていた日本軍が機関銃や小銃の弾をそんなには使わないしね。おまけに、狭いシンガポールで数万人殺すのはたいへんだよね。別の戦線などでも支給された小銃の弾が1人5発などということもあったみたいだし。
処刑を命じられた兵隊が鉄砲を空に向けてうって、早く逃げろ、といって逃がしてやった者たちもたくさんいたそうです。
シンガポール陥落後、マレーにとってかえして残存華人ゲリラ掃討作戦をやった日本軍兵士が、村の中国人の守り神の像の前をとおるときは、礼をして通ったという話もありますし。ゲリラと一般華人をわけていたのは確実。
これは メッセージ 84140 (cv_zuikaku さん)への返信です.
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