無知なtaikingdamへ
投稿者: kohshien21 投稿日時: 2002/09/14 11:24 投稿番号: [83699 / 203793]
China、1898-1912
The Xinzheng Revolution & Japan
Douglas R.Reynolds著
「日清戦争の後、本来ならば両国関係はもっと悪くなってもしかるべきところを、逆に中国の改革派は日本を手本とし、中国の維新に乗出そうとした。日本の中にもこれに呼応する運動が起こった。これは両国の黄金時代であった。
日中両国接近の理由。①ドイツ等で盛んになり始めた黄禍論に対する警戒。②ロシアの膨張主義③清朝の改革派の中に、日本を自国の改革のバネとして使おうとの対日提携論が生まれた。
中国から1898年〜1911年の間、25000人の留学生が日本で勉強した。
米プリンストン大学のマリウス・ジャンセン教授は「近代化を目的とした大規模な計画的留学の世界最初の例としている。
日本から東本願寺などが大陸に進出、日本語教育を開始、服部卯之吉、吉野作造らの人材が中国の高等教育を支援、また東亜同文書院も設立された。
西洋の概念や制度を知的に摂取するに当たり、中国はその翻訳の多くを日本に負っている。化学、科学、哲学、服務、解決、方針、申請、想像、警察・・・等々は皆日本語。日本では明治初期、知識人が苦労に苦労を重ね翻訳し、新たな漢字による概念の移植を試みた。中国は産みの苦しみを経ず、日本語をそのまま中国語に組込み「中国の近代化」がこの時進んだ。」
当時属国であった朝鮮は更に遅れた未開の国であった。
以上のどこが歪曲だ?
これは メッセージ 83625 (taikingdam さん)への返信です.
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