では
投稿者: what_is_anarchism 投稿日時: 2002/09/10 02:53 投稿番号: [82303 / 203793]
君への罵倒とも取れるコメントへのRESが最初だったのだが、これを読む限り君とは
話すことが出来ると信じる。
私はまず、「心理学」「仏教学」そして「哲学」の見地から、民族差別、差別一般の
正体と、日本人のみならずそれに始終する人間の心理とについて学びを持つ者である。
君の言う
>そもそもここにお尋ねのご諸兄は君の言う「優秀な日本」或いは「蔑む
>べき韓国」との意識は、意外だろうが皆無だ。「血眼(ちまなこ)」になっ
>ているのは無意味に「煽り/パクり/語り」をゴリ押しアピールしてくる
>ばかチョーセンの出す電波の無毒化という「火の粉払い」に終始してい
>るに過ぎない。従って良識ある人物が韓国人であろうとなかろうと、そ
>れとこれとは次元が違う。
と言う言葉を信じた上で、まず私の失言を謝らせていただきたい。
このBBSにも日本人、韓国人双方にそれぞれ相手にただならぬ敵意を表す者がいる。
私自身はそれぞれの言い分が違った立場にあることをふまえた上で、見過ごせない
先の戦争の加害の実体と、被害の事実を確認することの必然を訴える者である。
ここでは「記憶は弱者にあり」という言葉を痛感する私にとって、被害を訴える
韓国側の声を、一蹴することはすべきではないと考える。
しかしそれは被害者からの訴えを全面的に擁護する意志の表明でもないことを
誤解のないよう付け加えておく。
そもそも差別を考えるとき、私はアイデンティティの問題と抱き合わせて考えている。
またはその他の要因からの外的圧力による心理的反動、逃避、投影と照らして考えている。
私たち日本人の大陸への差別心の出所を考えたとき、それらは歴史的劣等感や
白人至上主義社会における有色人種としての劣等感、と言った観点から外れて
考えることはできない。
同時にそれは極めて無様で破廉恥な劣等感である。がしかし、歴然と差別の構成
因子に認められるところである。
これが、ただ、「韓国人だから」「日本人だから」というそれだけを理由に罵声を
浴びせる者への苦言となったのが「やっぱりか」における嘲笑にも似たRESだった。
「没個性の時代」「社会の平均化」と言われる中で、なお自らの内から込み上がる
「自己存在理由」への求心が、屈折された形で差別を生み、何ら発見されぬままの
「迷走する自己」を見苦しく露呈している、そういったスタンスの余りの多さに、それこそ
「恥ずべき日本人」の姿を見ることに幻滅と失望を禁じ得なかった。というのが
私の真意である。
韓国の人はまた、彼らの中で考えるべきであって、私たちは私たちの中ですべきで
あると私は言いたい。両国間の罵倒合戦は一体何を生み出すのか?答えは明白である。
本当にそういった諍いを、私たちの命は求めているのだろうか?
話すことが出来ると信じる。
私はまず、「心理学」「仏教学」そして「哲学」の見地から、民族差別、差別一般の
正体と、日本人のみならずそれに始終する人間の心理とについて学びを持つ者である。
君の言う
>そもそもここにお尋ねのご諸兄は君の言う「優秀な日本」或いは「蔑む
>べき韓国」との意識は、意外だろうが皆無だ。「血眼(ちまなこ)」になっ
>ているのは無意味に「煽り/パクり/語り」をゴリ押しアピールしてくる
>ばかチョーセンの出す電波の無毒化という「火の粉払い」に終始してい
>るに過ぎない。従って良識ある人物が韓国人であろうとなかろうと、そ
>れとこれとは次元が違う。
と言う言葉を信じた上で、まず私の失言を謝らせていただきたい。
このBBSにも日本人、韓国人双方にそれぞれ相手にただならぬ敵意を表す者がいる。
私自身はそれぞれの言い分が違った立場にあることをふまえた上で、見過ごせない
先の戦争の加害の実体と、被害の事実を確認することの必然を訴える者である。
ここでは「記憶は弱者にあり」という言葉を痛感する私にとって、被害を訴える
韓国側の声を、一蹴することはすべきではないと考える。
しかしそれは被害者からの訴えを全面的に擁護する意志の表明でもないことを
誤解のないよう付け加えておく。
そもそも差別を考えるとき、私はアイデンティティの問題と抱き合わせて考えている。
またはその他の要因からの外的圧力による心理的反動、逃避、投影と照らして考えている。
私たち日本人の大陸への差別心の出所を考えたとき、それらは歴史的劣等感や
白人至上主義社会における有色人種としての劣等感、と言った観点から外れて
考えることはできない。
同時にそれは極めて無様で破廉恥な劣等感である。がしかし、歴然と差別の構成
因子に認められるところである。
これが、ただ、「韓国人だから」「日本人だから」というそれだけを理由に罵声を
浴びせる者への苦言となったのが「やっぱりか」における嘲笑にも似たRESだった。
「没個性の時代」「社会の平均化」と言われる中で、なお自らの内から込み上がる
「自己存在理由」への求心が、屈折された形で差別を生み、何ら発見されぬままの
「迷走する自己」を見苦しく露呈している、そういったスタンスの余りの多さに、それこそ
「恥ずべき日本人」の姿を見ることに幻滅と失望を禁じ得なかった。というのが
私の真意である。
韓国の人はまた、彼らの中で考えるべきであって、私たちは私たちの中ですべきで
あると私は言いたい。両国間の罵倒合戦は一体何を生み出すのか?答えは明白である。
本当にそういった諍いを、私たちの命は求めているのだろうか?
これは メッセージ 82297 (uemula さん)への返信です.
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