カニバリズム
投稿者: hukjimnh 投稿日時: 2002/07/29 22:03 投稿番号: [70405 / 203793]
カニバリズム
Cannibalism
人間が人間の肉を食べ、血をのんだり骨を食べる行為。この言葉はスペイン語のカニバルcanibalに由来し、もとはカリブ海地域の住民の一部をさす言葉だったが、彼らが食人をおこなうといわれたため、その民族名が「食人」を意味するようになった。食人行為は世界各地から報告されており、新石器時代におこなわれていたことをしめす証拠もみつかっている。古代には、ギリシャの歴史家ヘロドトスなどが、さまざまな食人種を記述している。中世には旅行家マルコ・ポーロも、チベットからスマトラまでの諸部族に食人慣習があると報告している。北アメリカの先住民、とくにメキシコ湾の西海岸地方の諸族にも同様の慣習があった。つい最近まで、中央アフリカ、西アフリカ、オーストラリア、ニュージーランド、メラネシア、スマトラ、ニューギニア、ポリネシア、南アメリカでひろく食人がおこなわれていると信じられていた。
食人の動機と目的は文化によってさまざまで、死者、とくに勇敢な敵の死体を食べて、その死者のもっていた力をえようとするもの、敵に対する復讐(ふくしゅう)のためにおこなうもの、また、死体を食べてしまえば敵の霊魂を完全に破壊し、災いの原因を絶つことができると信じるものなどがあった。それらはおもに敵対者を食べる族外食人であるが、近親者や身内を食べる族内食人の例もある。この場合、遺骨の一部を粉にして食物にまぜて食べ、死者との一体感をもちつづけようとした。さらに、食人が宗教儀礼の一部になっていることもあり、インド中部のビンデルウル族は、病人と老人を食べることは女神カーリーをよろこばすと考えていた。メキシコのアステカでは、神にささげるために毎年1000人をこす人身供犠(くぎ)がおこなわれていた。儀式のあと、神官と住民たちは、犠牲者を神のもとへおくるためと信じて、その肉を食べた。
飢餓による食人は欧米でもみられる。一例は、1846〜47年冬にカリフォルニア州シエラネバダでおきた「ドナー・パーティー」事件である。1972年には、アンデス山中に墜落した飛行機にのっていたウルグアイのサッカーチームの16人が、仲間の死者の肉を食べて70日を生きぬいた。日本でも天明の飢饉(1781〜89)の際、人肉を食べたという記録がのこっている。
なお、飢餓などの特殊な状況におけるものでなく、文化慣習としてのカニバリズムについては、その存在を否定する人類学者もいる。カニバリズムの報告資料には信頼性に欠けるものが多いからである。自己を文明人、敵対する集団や辺境地帯の人間を野蛮人ときめつけるときに、しばしば「われわれは人間を食べないが、彼らは食べる」という言い方がされることに注意しなければならない。ヘロドトスの時代には、今のヨーロッパの一部は人食い人種の国とされ、中世にはユダヤ人は人血をのむと信じられていた。
netcitizenjpさんがんばってますね。
>hukjimnhからこの名前に変えましたんでよろしく。
人間が人間の肉を食べ、血をのんだり骨を食べる行為。この言葉はスペイン語のカニバルcanibalに由来し、もとはカリブ海地域の住民の一部をさす言葉だったが、彼らが食人をおこなうといわれたため、その民族名が「食人」を意味するようになった。食人行為は世界各地から報告されており、新石器時代におこなわれていたことをしめす証拠もみつかっている。古代には、ギリシャの歴史家ヘロドトスなどが、さまざまな食人種を記述している。中世には旅行家マルコ・ポーロも、チベットからスマトラまでの諸部族に食人慣習があると報告している。北アメリカの先住民、とくにメキシコ湾の西海岸地方の諸族にも同様の慣習があった。つい最近まで、中央アフリカ、西アフリカ、オーストラリア、ニュージーランド、メラネシア、スマトラ、ニューギニア、ポリネシア、南アメリカでひろく食人がおこなわれていると信じられていた。
食人の動機と目的は文化によってさまざまで、死者、とくに勇敢な敵の死体を食べて、その死者のもっていた力をえようとするもの、敵に対する復讐(ふくしゅう)のためにおこなうもの、また、死体を食べてしまえば敵の霊魂を完全に破壊し、災いの原因を絶つことができると信じるものなどがあった。それらはおもに敵対者を食べる族外食人であるが、近親者や身内を食べる族内食人の例もある。この場合、遺骨の一部を粉にして食物にまぜて食べ、死者との一体感をもちつづけようとした。さらに、食人が宗教儀礼の一部になっていることもあり、インド中部のビンデルウル族は、病人と老人を食べることは女神カーリーをよろこばすと考えていた。メキシコのアステカでは、神にささげるために毎年1000人をこす人身供犠(くぎ)がおこなわれていた。儀式のあと、神官と住民たちは、犠牲者を神のもとへおくるためと信じて、その肉を食べた。
飢餓による食人は欧米でもみられる。一例は、1846〜47年冬にカリフォルニア州シエラネバダでおきた「ドナー・パーティー」事件である。1972年には、アンデス山中に墜落した飛行機にのっていたウルグアイのサッカーチームの16人が、仲間の死者の肉を食べて70日を生きぬいた。日本でも天明の飢饉(1781〜89)の際、人肉を食べたという記録がのこっている。
なお、飢餓などの特殊な状況におけるものでなく、文化慣習としてのカニバリズムについては、その存在を否定する人類学者もいる。カニバリズムの報告資料には信頼性に欠けるものが多いからである。自己を文明人、敵対する集団や辺境地帯の人間を野蛮人ときめつけるときに、しばしば「われわれは人間を食べないが、彼らは食べる」という言い方がされることに注意しなければならない。ヘロドトスの時代には、今のヨーロッパの一部は人食い人種の国とされ、中世にはユダヤ人は人血をのむと信じられていた。
netcitizenjpさんがんばってますね。
>hukjimnhからこの名前に変えましたんでよろしく。
これは メッセージ 70401 (netcitizenjp さん)への返信です.
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