これが誇りある半島の歴史だ!その1
投稿者: pinoko_pp 投稿日時: 2002/07/26 23:15 投稿番号: [69685 / 203793]
韓国人が誇りに思っているのは、こういう歴史なんだな。まさに隷属、奴隷だな。
それなのに中国様には一言も「謝れ!」と言えない朝鮮の事大主義よ。
私は、自分の民族の女がこんな目にあわずに済んで、ほんとうによかったよ。
これからもどんどん祖国を自慢しなさい。>韓国人
永楽帝―中華「世界システム」への夢
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彼は父朱元璋と同様,多くの女性を後宮に集めることに,並々ならぬ熱
意を示した。特に朝鮮に対しては,永楽六年以来,たびたび美女の献上を
命じており,朝鮮王朝はそのたびに屈辱的な思いを味わった。永楽六年な
どは,わざわざ婚姻を禁止して選抜を行ったが・・・・彼女たちが中国に向か
う日,二度と会えぬ子を思う両親や一族の哭き声が,いつまでも道にあふ
れていたという。(p241)
・・・しかしそれほどまでにして集められた美女のなかで,永楽帝の寵愛
を受けた者は,ほんの一握りにすぎない・・・・・・永楽帝の持病に基づく精力
減退は,その傾向にいっそう拍車をかけたらしい・・・・・記録によれば,宮
女と宦官の密通は,後宮内では決してめずらしいことではない・・・・・拷問
に耐えかねて下女は罪を認めたまではよいが,あろうことか永楽帝暗殺計
画まで白状してしまったのだ。これをきっかけに,宮女や宦官が次々と逮
捕され,連座者はなんと二千八百人。彼らは一人残らず処刑された。
(p214〜2)
・・・・先に記した事件の顛末は,隣国の『朝鮮王朝実録』の記載に基づく。
朝鮮がこの事件に関心を持つのは,自国出身の宮女たちの多くが事件に連
座して命を落としたからだ。大国中国に隣接する朝鮮は,たえず中国への
「事大」を強いられてきた。属国ならではの悲哀と憤りは,記述の端々か
らもうかがうことができる。(p243)
永楽帝が死去した時,生前彼に仕えた宮女三十人が殉死を命じられた。
そのなかには,魚・呂の禍をかろうじて免れた朝鮮出身の韓氏も含まれて
いた。いよいよ殉死の当日となり,型通りの酒宴を終えた彼女たちは,死
出の旅路に向けて別殿に連れていかれた。そこにはすでに木の踏み台が並
べられ,彼女たちの到来を待ち受けていた。同席した仁宗洪煕帝が別れの
ことばを告げ,彼女たちはうながされて泣く泣く台の上に立つと,つるさ
れた縄の輪に首を通した。
合図の声が響きわたり,哭声がひときは高まったその瞬間,傍らの宦官
が踏み台を押し倒して,彼女たちは次々と昇天した。韓氏は死に臨み,自
分に仕えてきた乳母に向かって叫んだ。
−母さん,私はまいります。母さん,私はまいります。
その声が終わらないうちに彼女の体は宙を舞った。・・・・後に帰国した乳
母の報告により朝鮮出身者の末路が明らかになった・・・・
講談社選書メチエ
檀上 寛 (著)
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ちなみに、当時の「宦官」の出身地は朝鮮が多い。
去勢・断種された朝鮮男と「結婚禁止」により中国へ献上された朝鮮美女の悲恋、
そして悲惨な死。
それなのに中国様には一言も「謝れ!」と言えない朝鮮の事大主義よ。
私は、自分の民族の女がこんな目にあわずに済んで、ほんとうによかったよ。
これからもどんどん祖国を自慢しなさい。>韓国人
永楽帝―中華「世界システム」への夢
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彼は父朱元璋と同様,多くの女性を後宮に集めることに,並々ならぬ熱
意を示した。特に朝鮮に対しては,永楽六年以来,たびたび美女の献上を
命じており,朝鮮王朝はそのたびに屈辱的な思いを味わった。永楽六年な
どは,わざわざ婚姻を禁止して選抜を行ったが・・・・彼女たちが中国に向か
う日,二度と会えぬ子を思う両親や一族の哭き声が,いつまでも道にあふ
れていたという。(p241)
・・・しかしそれほどまでにして集められた美女のなかで,永楽帝の寵愛
を受けた者は,ほんの一握りにすぎない・・・・・・永楽帝の持病に基づく精力
減退は,その傾向にいっそう拍車をかけたらしい・・・・・記録によれば,宮
女と宦官の密通は,後宮内では決してめずらしいことではない・・・・・拷問
に耐えかねて下女は罪を認めたまではよいが,あろうことか永楽帝暗殺計
画まで白状してしまったのだ。これをきっかけに,宮女や宦官が次々と逮
捕され,連座者はなんと二千八百人。彼らは一人残らず処刑された。
(p214〜2)
・・・・先に記した事件の顛末は,隣国の『朝鮮王朝実録』の記載に基づく。
朝鮮がこの事件に関心を持つのは,自国出身の宮女たちの多くが事件に連
座して命を落としたからだ。大国中国に隣接する朝鮮は,たえず中国への
「事大」を強いられてきた。属国ならではの悲哀と憤りは,記述の端々か
らもうかがうことができる。(p243)
永楽帝が死去した時,生前彼に仕えた宮女三十人が殉死を命じられた。
そのなかには,魚・呂の禍をかろうじて免れた朝鮮出身の韓氏も含まれて
いた。いよいよ殉死の当日となり,型通りの酒宴を終えた彼女たちは,死
出の旅路に向けて別殿に連れていかれた。そこにはすでに木の踏み台が並
べられ,彼女たちの到来を待ち受けていた。同席した仁宗洪煕帝が別れの
ことばを告げ,彼女たちはうながされて泣く泣く台の上に立つと,つるさ
れた縄の輪に首を通した。
合図の声が響きわたり,哭声がひときは高まったその瞬間,傍らの宦官
が踏み台を押し倒して,彼女たちは次々と昇天した。韓氏は死に臨み,自
分に仕えてきた乳母に向かって叫んだ。
−母さん,私はまいります。母さん,私はまいります。
その声が終わらないうちに彼女の体は宙を舞った。・・・・後に帰国した乳
母の報告により朝鮮出身者の末路が明らかになった・・・・
講談社選書メチエ
檀上 寛 (著)
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ちなみに、当時の「宦官」の出身地は朝鮮が多い。
去勢・断種された朝鮮男と「結婚禁止」により中国へ献上された朝鮮美女の悲恋、
そして悲惨な死。
これは メッセージ 1 (retribution さん)への返信です.
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