南方で
投稿者: shinkuuboakagi 投稿日時: 2001/05/31 02:10 投稿番号: [6127 / 203793]
昔の日本人や日本軍の話を聞いても悪口を言う人にはあまり出会っていません。私が中学時代に予測していたこととはまったく異なりました。(ただしフィリッピンははっきり言って詳しくありません)。
以前会社を中途でやめたときは半分以上むこうに住んでいたのですが、再び仕事を始めましたので最近はあちらの方に行く時間が減りました。
唯一日本人の悪口を聞いたのはあるバリのホテルの10代の女性とはなしたときです。その女性はこういいました。「私のじいさんは、日本人はオランダジ人りも残酷(kejamという言葉を使っていました)だったと言っていたよ」
私はその理由がすぐ分かりました。オランダはインドネシアを永久に食い物にするつもり。殺してしまっては元も子もない。日本は短期決戦。従って、1,2年というスパンで見れば、日本人の方が残酷に見えることがあったかも知れない。
しかしその女性はオランダ軍が一九〇六年と一九〇八年に抵抗するバリ人達を数千人一挙に虐殺したププタン事件など知らないのではと思いました。
インパールの方にはにはぜひ行って(実際に戦争が行われたのはコヒマというところですが)、なくなられた日本兵に感謝の気持ちを捧げたいですね。ここは印度政府が独立運動のせいで立ち入り禁止にしているようで無理かも。
何度か投稿しましたが、当時バリにいた民政官達は必至でバリ人にマレー語の教育をしました(もちろん日本語の教育もあったのですが、主題目はマレー語)。オランダ人がマレー語の普及をいやがったからです。民族の統一は国語の統一からということで。
これは メッセージ 6119 (chousenunzaridayo2 さん)への返信です.
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