>耳が痛い話>ベトナム
投稿者: shinkuuboakagi555 投稿日時: 2002/03/16 20:10 投稿番号: [40857 / 203793]
>ベトナム人日本人を嫌ってはないけど、戦時中に米の収穫期直前に米を刈り取らせケシを植えさせ、200万人を餓死しさせたとか・・・
>200万人はオーバーですが、かなりの人が餓死したのは確かな様です。
この話はもう数回書いたかな。
でもやはり知らない人が出てくるんだから、書いとく必要もあるようだね。
1944年から1945年初頭にかけて,ベトナムは未曾有の天候不順におそわた。特に北部、中部がひどかった。
ベトナム側は200万人が餓死したといているが(共産党得意の数字膨らませ)、日本側主張は30万人。
原因は天候不順(水害)。日本軍がいてもいなくても起こったもの。
植えさせた作物はけしではなくて、軍用ジュート(袋につかうもの)や油脂類。ただし、これを植えさせたから飢饉がおこったのではない。
鉄道網や港湾施設がアメリカ艦載機の爆撃で破壊され、南部の穀倉地帯で、比較的に天候不順の影響を受けなかった所から中部、北部に米を送る手段がなかった。
そもそも大東亜戦争中、ベトナムには日本軍はそれほどは数はいなかったのだよ。戦闘がないところに多数の兵士を置いておくほど日本軍も余裕はなかったね。
昭和20年の大本営戦闘序列によると、ベトナムにいたのは独立混成第34旅団。旅団は2,3の連隊からなり、その数は1万弱。以前自分の父親がベトナムに駐留していたと言う人からレスがあり、日本軍はこの兵力でベトナム全域を護っていたといっていたね。
おまけに,昭和20年3月までは、フランス・ビシー政権がベトナムを統治し、日本はそれを通じての間接統治。日本がビシー政権から統治件を奪ったのは終戦までのほんの数ヶ月。
フランスに関してはベトナムの教科書はこう書いているよ。
「もうひとつの非道な政策は、日本軍への供出と戦争の備蓄用に、食料特に米の廉価かつ強制的な買い上げをしたことである。この非道な政策こそ市場における深刻な食料不足をもたらし、1945年初頭からのすヶ月間に北部で200万人以上のわが同胞が餓死する直接の原因となった。」
天候不順による飢饉だとは一言も書いてないね。共産主義国や韓国の教科書なんてこんなものだよ。
フランスの戦争準備とはどういうことかというと、ナチスに降伏したビシー政権と言ってもフランス人だからドイツや日本に反感はあった。
ベトナムでもいずれ情勢がかわれば、ドゴール側になって、日本と戦おうと考えていた。そのための食料を備蓄していたということ。
これは メッセージ 40536 (JEX_I さん)への返信です.
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