朝鮮人差別を増進しよう。
投稿者: yosirnfan 投稿日時: 2002/03/12 21:48 投稿番号: [39588 / 203793]
そもそも、政治とは、大和民族のための政治だけが、真の意味での「政治」である。何故なら大和民族の使命とは、神の末裔の臣民たる選ばれた民族として世界を正しく支配することであり、大和民族の政治的行動はすべからくこの偉大な目的にこそ指向すべきだからである。
ここで政治を、「第一義的に天皇陛下のため、第二義的に大和民族のために利益を図る、あらゆる行動」と定義する。
つまり、朝鮮民族を皆殺しにする事が大和民族にとって利益があると判断されれば、核爆弾を使用するべきである。同じように、もしあるいち国民を抹消する事が御上の利益にかなうならば、件の男は殺されねばならぬ。これこそが「政治」である。国民は究極的には「政治」だけを考て行動すればよい。個人とは国家のために存在するからだ。そして、これを研究するのが「政治学」である。これは既存の政治哲学や政策科学とは違う。それらの技術や学術を、国体のため(天皇陛下と大和民族のため)に、明確な目的をもって運用する技術体系が、この新しい狭義の意味での「政治学」であり、これはより貴いものである。
そこで私は、國からあらゆる学問・分野の面からエキスパートを選び出し、「政治学」を研究する委員会の設立を求める。同様に、米国のCIAやイスラエルのモサドの如き対外諜報・謀略機関を公的機関として設け、以て日本国の戦略を定めるべきだ。これは、我が国にかけてきたエキスパート集団である。これが我が国百年の大計である。すぐに実行に移すべきだ!
ところで、「政治」を考える上で、私は社会的な差別のシステムこそが社会を発展させてきたという事実に気付かざるを得ない。アリストテレスは「人間には王として生まれてくる者と、奴隷として生まれてくる者がある」と述べたが、そもそも人間は生まれたときからして平等ではない。まず、遺伝子が違う。これによって容姿や知能や身長や寿命や才能の個人差や、人間的美徳や、社会的に適合するための能力や、将来かかる病気、思想的な優劣さえもきまってしまう。これは現代の遺伝学が証明している。また、生まれてくる環境も生得的なものであり、個人の力で選ぶことは出来ない、いわば運命である。社会的にこれの差を埋めることはできないし、してもいびつな劣等の社会が生まれてくるだけである。
つまり、人間とは遺伝と環境という二つの先天的運命に縛られて誕生するのである。人間不平等は当然のことであり、自然のことである。「人間は平等だ!」などという主張はまったく根拠のないものである。何故なら、元々、キリスト教を前提とした価値観から生まれてきたものだからだ。そのような外来のボケた思想は省みるに足らないし、「人権」をお題目するサヨクなどはただバカなだけである。断言するが、差別は当然だ。それこそ人間社会が普遍的に辿る、社会そのものの個体維持に無理のない自然の姿であり、従って人間は生まれながら平等ではない。
そして、話を戻すと、差別システムこそが社会を発展させてきたのだ。原始の人間社会を考えてもらいたい。狩猟採取生活をおくる人間が集い、集落が出来た。そこには経験的な事実を記録し次世代へ伝達する十分な手段がまだ未発達であったため、数々の経験ー獲物の種類ごとの上手い猟の仕方や、津波や山火事などの自然災害や疫病などの対処、個人間のいざこざの解決策などーをもち、それまで生きぬいてきた長老が村落の指導者であった。これらの経験あるものが的確な指示を無知な者へ与えることで、共同体が運営されてきたのである。つまり知識をもつものの持たざるものへの支配である。
ここで政治を、「第一義的に天皇陛下のため、第二義的に大和民族のために利益を図る、あらゆる行動」と定義する。
つまり、朝鮮民族を皆殺しにする事が大和民族にとって利益があると判断されれば、核爆弾を使用するべきである。同じように、もしあるいち国民を抹消する事が御上の利益にかなうならば、件の男は殺されねばならぬ。これこそが「政治」である。国民は究極的には「政治」だけを考て行動すればよい。個人とは国家のために存在するからだ。そして、これを研究するのが「政治学」である。これは既存の政治哲学や政策科学とは違う。それらの技術や学術を、国体のため(天皇陛下と大和民族のため)に、明確な目的をもって運用する技術体系が、この新しい狭義の意味での「政治学」であり、これはより貴いものである。
そこで私は、國からあらゆる学問・分野の面からエキスパートを選び出し、「政治学」を研究する委員会の設立を求める。同様に、米国のCIAやイスラエルのモサドの如き対外諜報・謀略機関を公的機関として設け、以て日本国の戦略を定めるべきだ。これは、我が国にかけてきたエキスパート集団である。これが我が国百年の大計である。すぐに実行に移すべきだ!
ところで、「政治」を考える上で、私は社会的な差別のシステムこそが社会を発展させてきたという事実に気付かざるを得ない。アリストテレスは「人間には王として生まれてくる者と、奴隷として生まれてくる者がある」と述べたが、そもそも人間は生まれたときからして平等ではない。まず、遺伝子が違う。これによって容姿や知能や身長や寿命や才能の個人差や、人間的美徳や、社会的に適合するための能力や、将来かかる病気、思想的な優劣さえもきまってしまう。これは現代の遺伝学が証明している。また、生まれてくる環境も生得的なものであり、個人の力で選ぶことは出来ない、いわば運命である。社会的にこれの差を埋めることはできないし、してもいびつな劣等の社会が生まれてくるだけである。
つまり、人間とは遺伝と環境という二つの先天的運命に縛られて誕生するのである。人間不平等は当然のことであり、自然のことである。「人間は平等だ!」などという主張はまったく根拠のないものである。何故なら、元々、キリスト教を前提とした価値観から生まれてきたものだからだ。そのような外来のボケた思想は省みるに足らないし、「人権」をお題目するサヨクなどはただバカなだけである。断言するが、差別は当然だ。それこそ人間社会が普遍的に辿る、社会そのものの個体維持に無理のない自然の姿であり、従って人間は生まれながら平等ではない。
そして、話を戻すと、差別システムこそが社会を発展させてきたのだ。原始の人間社会を考えてもらいたい。狩猟採取生活をおくる人間が集い、集落が出来た。そこには経験的な事実を記録し次世代へ伝達する十分な手段がまだ未発達であったため、数々の経験ー獲物の種類ごとの上手い猟の仕方や、津波や山火事などの自然災害や疫病などの対処、個人間のいざこざの解決策などーをもち、それまで生きぬいてきた長老が村落の指導者であった。これらの経験あるものが的確な指示を無知な者へ与えることで、共同体が運営されてきたのである。つまり知識をもつものの持たざるものへの支配である。
これは メッセージ 1 (retribution さん)への返信です.
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