>トピずれ質問>akagiさん
投稿者: shinkuuboakagi555 投稿日時: 2001/12/31 16:31 投稿番号: [30894 / 203793]
完全ななバイリンガルはいないというのは、どのレベルをもって完全というかにかかわりあいますね。
会社員をしていた頃いた部署には日本35人、外国人25人ほどがいましたが、アメリカ人が半分、その他、イギリス人、オーストラリア人,ニュージーランド人、インド人、フィリッピン人、等々。アメリカ人とイギリス人は別に意思の疎通を欠いていなかったみたいです。
liftといえばelevatorのことか、cinemaといえばmovie、motion picture, flicksか、程度の違いではないですか、英語と米語は。だから、英国首相とアメリカ大統領のtete-a-teteでは通訳などいないでしょう。
私の言うバイリンガルとはたとえば、日本語対米英語のことです。
一応アメリカやイギリスの大学をでて日本で働いているバイリンギャル「帰国子女」の日本語はひどい。NHKのニュース翻訳をやっているバイリンギャルも同じ。「時雨」をながめ、この「じう」と言うのは何ですか,と聞くなどはざら。
べつのはななしで、チベットの畑で「もみ」を育てた、が、unhulled
rice(rough
rice)ではなくて、a
fir
treeになったことも。「きゅう舎」がstable
でなく
dove
houseになったことも。これは別の職場のはなしですが。こういう話は枚挙にいとまがない。
英語と米語の違いの程度はちょうどマレー語とインドネシア語くらいの違いですね。
日本語で「今度遊びにきてよ」というのは「来る」に重点がおかれますが、これをインドネシア語で言うと、datang
main。datangは来る、mainは遊ぶ,で日本語と同じ。今度家にきてよ、の意味。ところがこれをマレー人が聞くと、「こんど来たとき遊ぼう」の意味にとられる。したがって、マレーとインドネシアの男女間でこの表現を使うと誤解が生まれることがある。英語と米語の関係にも似たようなものがありますかね。
これは メッセージ 30879 (us_dollors さん)への返信です.
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