日本人の新羅王 百済人は日本人の一要素
投稿者: onyanko 投稿日時: 2001/12/31 01:00 投稿番号: [30852 / 203793]
>明仁日王が23日、「桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると、『続日本紀』に記録されている事実に、
桓武天皇の生母が、百済系帰化人の血を引いているってことだけじゃん。これは周知過ぎる話。
古代氏族の出自を明記している基本史料である「新撰姓氏録」によると、諸蕃(帰化人)が30%近くを占め、その半分が漢系で、次が百済系で約10%に達します。
百済の王族を含めた膨大な民衆の亡命を受け入れたわけで、東国の開発などに従事させています。と言うわけで、むしろ百済人は、日本人の要素の一つと見るべきでしょう。
逆の話もあるわけで、朝鮮正史の「三国史記」には、第四代王の脱解尼師今は、倭国(ヤマト)の東北千里の多婆那(タバナ=丹波説が有力)国の王と、女国の王女の間に生まれた子供であると明記されています。要するに、日本人の新羅王の存在を認めているわけ。
「三国史記」には、高句麗好太王碑文で記された時期に、百済の皇太子と新羅の王子が、倭国の人質になったことも明記しており、碑文の記述と調和的です。
考古学的にも、最古の前方後円墳は、200年頃に奈良県おおやまと地域で発生したと考えられ、次第に分布域を拡大していき、5〜6世紀には朝鮮半島南端にも分布するようになります。これは、古代日本の任那支配と調和的です。
朝鮮人は、これらの話も率直に認めるべきだな。
これは メッセージ 29879 (choper_leeeeeeee さん)への返信です.
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