なぜ韓国人は、嫌われるのか?

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安重根を知る

投稿者: Kmechan 投稿日時: 2001/12/03 01:57 投稿番号: [27484 / 203793]
アン・ジュングンの東洋平和論
アン・ジュングン(安重根)義士を少なからぬ日本人が敬い慕っているということは既に知られていることだ。アン・ジュングンが、裁判所と死刑執行場で見せた毅然たる態度を世間に伝えたのも日本人の官憲たちであった。これに比べて、韓国の海外独立運動家の中には、アン義士の義挙のような軍事武力闘争を批判する者がいた。“テロでは国際社会の支持を得られない”というのがその理由であった。アン義士が日本の指導者であった伊藤博文を射殺したにもかからわず、日本人の尊敬を受けているのは、それだけの理由があるのだろう。
▼アン義士は単純な活動家であるばかりでなく、思想家でもあった。彼が日本に対して無茶に敵対的であったわけではない。露日戦争が勃発した時も、彼は日本を支持した。20世紀初め、当時の世界情勢に対して、欧米勢力がアジアに勢力を伸ばしていると見て“東洋民族が団結して、これを退けなければならない”と考えた。日本が露日戦争に乗りだし、アジアの平和を守り韓国独立を強固なものにすると宣言するや、アン義士はそのような点から日本の役割を高く評価した。

▼アン義士が抗日独立運動家の道へ足を踏み入れたのは、日本がウルサ条約(1905年・日韓保護協約)を強要した以後からだ。1907年、沿海州に渡ったアン義士は義兵を集め本格的な「独立戦争」に乗り出した。翌年、軍事指揮官としてハンブクキョンフンに駐屯していた日本軍守備隊と戦い大きな戦果を上げた。彼は、この時、捕虜となった日本軍数十人を幕僚の反対を押し切って釈放した。“国際公法上、戦争捕虜に関する法を遵守しなければ”というのが理由だった。思想が豊富でなければ、このような決断を下せるものではない。

▼日本裁判所で、アン義士は“大韓の義兵として独立戦争をしたもので、この法定で取調べを受ける義務はない。”として、戦争捕虜として扱われることを要求した。伊藤を射殺した動機について、“大韓の主権侵奪” と“アジア平和のかく乱行為”を批判したのも、彼の一環した思想から来るもだった。アン義士の殉国90年にあたる26日に公開された資料には、彼が“韓日が協力してアジア平和を図れ”と語ったとある。彼の獄中著述「東洋平和論」にも似た内容がある。しかし、ここでもっと重要なことは“日本が、韓国と満州、中国に対する野心を捨てなければならない”という一節である。

http://www.geocities.com/koujirong/column0003_2matome.html#no2
より
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