三国遺事の内容
投稿者: wspjapan 投稿日時: 2001/09/12 22:47 投稿番号: [20947 / 203793]
参考までに
三国遺事
一然
著
金思火華
巻一
紀異第一
第十七代、那密王即位三十六年(AC390年)に、倭王の使者が来朝して「わが王が大王の神聖であられることを聞いて、臣に、百済の罪を大王にあげるようにといわれました。願わくば大王の王子お一人をつかわせて、わが君に誠意を御示しくださいませんか」といった。そこで王は三男の美海を送った。美海の年は十歳で、言葉や動作も未熟であったので、内臣の朴娑覧を副使として付き添わせた。倭王は彼らを抑留し三十年も帰さなかった。
・・・・・・・・・・・愛する息子を倭に送り、逢えないままに世を去られた。いままた私が即位してから、隣国の兵力が強大で、戦争が止まない。・・・
上記の文献などから当時の倭国の軍事力は相当のものであり、任那日本府も全く捏造とはいえない。逆に韓国の国定教科書には新羅や百済が日本(倭国)に人質を送っていた記事などまったくない。韓国の歴史教育が日韓関係の悪化につながっていることは否定できない。韓国人も冷静に対応して欲しいですね。
個人的ですが、昔のことなんてどうでもいいのに韓国人はこだわりすぎかなぁ?
ただし、韓国内ならいいんですけど外国にいったら少しは場をわきまえてる事が必要だと思います。
これは メッセージ 1 (retribution さん)への返信です.
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