チョーセンジンと言うなぁ
投稿者: sonoba_kagiri 投稿日時: 2009/07/05 21:14 投稿番号: [200240 / 203793]
私、朝鮮民族の人を朝鮮人といっています。
自分たちに後ろめたいことがあるから、朝鮮人と呼ばれるのに抵抗があるわけでは?
http://nidasoku.blog106.fc2.com/blog-entry-1173.html先日、私のコラムへのご意見として、どなたかが「正当性があるのは大韓民国だ」と書いていらした。
日本植民地時代、日本人は朝鮮人を「チョーセンジン」と呼んできた。しかし当時の日本にあってそれは民族を指す言葉ではなく、「侮蔑語」であった。勿論、「チョーセンジン」と言う言葉をもって侮蔑され続けた当の韓国・朝鮮の人達にとっては「日本人のアレルギー」など比べものにならない、忘れようにも忘れられない大きな「心の傷」である。また、現在でも在日差別が日本のなかに根強くあることを考えると、これは決して過去の問題ではない。だからこそ日本人の心の中には「朝鮮」という言葉に対するアレルギーがあるのだ。単に一つの文化や地域を指すのではなく、どこかにいにしえの侮蔑語の片鱗を感じる人達には、「朝鮮」という言葉には少なからず抵抗感があり、「使いにくい」と感じる。
また、一昔前の韓国のガイドブックには、マナーとして「韓国では植民地時代を思わせる『朝鮮』という言葉は慎むように」とわざわざ注意してあった。もっと極端なことを言えば日本人が韓国人を指して「韓国人」と平気で言えるようになったのも、ごく最近のことだ。それまでは、「韓国の方」「韓国の人」というような表現が多く使われた。直截に「韓国人」という言い方は、どこか「朝鮮人」つまり「チョーセンジン」と呼び捨てているのと同じだ、といった罪悪感が日本人の心のなかにあって、それを少しでも和らげる意味でこのような言い方が多用されてきた。これは日本人の「危ないもの」に触れるときの「慇懃さ」だと言える。
以前は「あの人は韓国人なんだって」という台詞は、一段声をひそめて、コソコソと交わされる会話であった。まるで韓国人であることが「罪」ででもあるかのように。しかしこの頃は、ニューカマーに対しても、在日に対しても屈託なく「あの人は韓国人なんだって」と言った会話が交わされるようになった。そんな場面を見ると、私は妙にホッとする。その人達の使う「韓国人」という言葉が決して侮蔑語でないとわかるからだ。そして、やっと韓国が一つの外国として、普通に認知されるようになったと感じられるからだ。
これは メッセージ 1 (retribution さん)への返信です.
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