Re: 日本庭園はウリナラ起源ニダ
投稿者: kohshien21c 投稿日時: 2009/04/23 10:49 投稿番号: [199956 / 203793]
>造園についはよく分かりませんが、事実でしょうか?
また始まった日本コンプレックス病ですね^^
日本庭園の源流は上代に信仰の対象としてあり、その後時代の思想を移し完成したのは蘇我馬子の造園だとされる見方があります。
蘇我馬子没は626年とされてますので「武王35年(西紀634年)宮城南側に池をほって水を20余里も引き入れ・・」が日本庭園の源流になるのは不可能です。
当時の百済は日本の属国、逆に日本の庭園を見てパクッタは良いが造ったものは劣化コピーの薯童公園宮南池という判断が妥当かと。
日本庭園検索表でクリックしてください。URL貼付けすると投稿拒否のため
神道の石組、神島を日本庭園の源流的に考察する
//www1.odn.ne.jp/~ccc14390/teienn-jyoumonn.htm
日本上代は信仰の対象として磐座、磐境や神池、神島があった。その後帰化人により新仙蓬莱思想の伝来により観賞の対象として庭園が出来てくるのである。上代人は大自然の中に永遠不滅の巨石を神の宿る場所(磐座)として認識した。また、そこを神聖清浄な地域として保存するための境界石(磐境)を人工的に組んだ。一方、海洋民族としての日本人は神を奉斎するための神聖な場所として海中の島を定めた(神島)。その後、天皇の宝殿として水垣宮、軽の曲峡宮(曲線のある池)、磐余池(舟遊びの池)が出現し、ついに蘇我馬子が飛鳥に中島のある池庭を作ったため「島の大臣」と言われるようになり、完全に庭園が発生したことになる。
これは メッセージ 199954 (sonoba_kagiri さん)への返信です.
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