日帝の遺物・ソウル市庁舎の謎
投稿者: mr_takesima 投稿日時: 2006/10/13 02:15 投稿番号: [194898 / 203793]
日帝残滓を理由とする撤去に根拠なし
ソウル市が 2009年新庁舍建築計画を発表しながら明確な根拠なしに文化財である現在の市役所建物の核心部分を壊すと発表し.えらい騒ぎになってるらしい。
ソウル市は先月 29日 2009年に新庁舍を建てた後 2010年には文化財庁と協議して今の市役所の裏側にある‘太平ホール’を壊すと発表した. 太平ホール撤去の根拠とは 1926年に建てられた今の市役所建物が日本の 「本」の字を模したってことで日帝残滓とソウル市は認定した. これは北岳山の「大」の字と、既に撤去された朝鮮総督府庁舎の 「日」の字とともに 「大日本」という単語を構成すると伝えられてきた. ソウル市はまた新庁舍を設計どおりに作る場合, 市庁舍の庭先の真ん中に太平ホールが位置して效率的空間利用の妨げになると付け加えた.
しかし文化財専門家たちはソウル市のこんな主張は根拠ないし, 近代文化財を勝手に毀損することだと批判している. 文化財研究家の李順優(44)さんは “市役所建物が日本の ‘本’字を倣ったことだという主張は何らの根拠もない俗説であるだけ”と言いながら京城府庁(今のソウル市役所) 建物設計に参加した総督府建築科の笹敬一が 1926年 <朝鮮と建築>に書いた文を紹介した.
この文によると “平面図は敷地の境界に付けて弓形にして (…) 会議場(今の太平ホール)は中央裏側に別に設置した”となっている. 設計者は建物の形を ‘本’ではない ‘弓’として認識していたのだ. また笹は, 小公洞, 南大門路などと候補地が変わる度に配置図を直して描いたことも明らかにした. これは始めから建物の形にどんな字もイメージしてなかったことを示す証拠だ. 李さんは “北岳山・朝鮮総督府・ソウル市役所がつながって漢字で ‘大日本’を成すという話は今の時代で作り出したすごい ‘オーバー’なバカっ話だよ”とワロタ。
文化財委員である金ジョンドン牧園大教授(韓国建築士)も “ソウル市の主張はどんな文献の根拠もない俗説”と言いながら “当時の敷地の形に沿って建物を建てて見たらそのようになったこと”と言った. 金教授はまた “10余年前の朝鮮総督府撤去問題が起きた時、撤去に賛成する人々が作り出した言葉”と一蹴した.
チェジュンヨン文化連帯政策室長も “ソウル市が現庁舍が文化財という点を考慮しないで新しい庁舍を設計する過程で生じた問題”としながら “新しい建物を建てるために文化財の一部を撤去するというソウル市の発想が荒唐無計”と批判した.
こんな批判に対し、朴チォルギュ・ソウル市新庁舍建て増し推進班長は “市役所建物が ‘本’字模様で建てられたという文献的証拠は分からない”とソウル市の先月太平ホール撤去計画発表時とは違う返答をした. しかし撤去計画変更可否については “新庁舍設計における文化財庁審議を踏まえて、もっと考慮して見る”と言う留保的立場を示した.
ソウル市役所建物は 2003年ソウル市の申請によって登録文化財(52号)になり, 大きなドーム型の太平ホールは 1926年京城府庁が完工された後、京城府会(今のソウル市議会)の会議場として, イルボンに捨てられた後は大会議室と接見室として使われた. 現在は幹部会議や市の主要行事が開かれる空間だ.
(これだから、朝鮮人はチュラいんだよ。
たまには代われ!このヤロー!<丶`∀´> )
http://kr.news.yahoo.com/service/news/shellview.htm?linkid=42&articleid=2006101220040222923
ソウル市が 2009年新庁舍建築計画を発表しながら明確な根拠なしに文化財である現在の市役所建物の核心部分を壊すと発表し.えらい騒ぎになってるらしい。
ソウル市は先月 29日 2009年に新庁舍を建てた後 2010年には文化財庁と協議して今の市役所の裏側にある‘太平ホール’を壊すと発表した. 太平ホール撤去の根拠とは 1926年に建てられた今の市役所建物が日本の 「本」の字を模したってことで日帝残滓とソウル市は認定した. これは北岳山の「大」の字と、既に撤去された朝鮮総督府庁舎の 「日」の字とともに 「大日本」という単語を構成すると伝えられてきた. ソウル市はまた新庁舍を設計どおりに作る場合, 市庁舍の庭先の真ん中に太平ホールが位置して效率的空間利用の妨げになると付け加えた.
しかし文化財専門家たちはソウル市のこんな主張は根拠ないし, 近代文化財を勝手に毀損することだと批判している. 文化財研究家の李順優(44)さんは “市役所建物が日本の ‘本’字を倣ったことだという主張は何らの根拠もない俗説であるだけ”と言いながら京城府庁(今のソウル市役所) 建物設計に参加した総督府建築科の笹敬一が 1926年 <朝鮮と建築>に書いた文を紹介した.
この文によると “平面図は敷地の境界に付けて弓形にして (…) 会議場(今の太平ホール)は中央裏側に別に設置した”となっている. 設計者は建物の形を ‘本’ではない ‘弓’として認識していたのだ. また笹は, 小公洞, 南大門路などと候補地が変わる度に配置図を直して描いたことも明らかにした. これは始めから建物の形にどんな字もイメージしてなかったことを示す証拠だ. 李さんは “北岳山・朝鮮総督府・ソウル市役所がつながって漢字で ‘大日本’を成すという話は今の時代で作り出したすごい ‘オーバー’なバカっ話だよ”とワロタ。
文化財委員である金ジョンドン牧園大教授(韓国建築士)も “ソウル市の主張はどんな文献の根拠もない俗説”と言いながら “当時の敷地の形に沿って建物を建てて見たらそのようになったこと”と言った. 金教授はまた “10余年前の朝鮮総督府撤去問題が起きた時、撤去に賛成する人々が作り出した言葉”と一蹴した.
チェジュンヨン文化連帯政策室長も “ソウル市が現庁舍が文化財という点を考慮しないで新しい庁舍を設計する過程で生じた問題”としながら “新しい建物を建てるために文化財の一部を撤去するというソウル市の発想が荒唐無計”と批判した.
こんな批判に対し、朴チォルギュ・ソウル市新庁舍建て増し推進班長は “市役所建物が ‘本’字模様で建てられたという文献的証拠は分からない”とソウル市の先月太平ホール撤去計画発表時とは違う返答をした. しかし撤去計画変更可否については “新庁舍設計における文化財庁審議を踏まえて、もっと考慮して見る”と言う留保的立場を示した.
ソウル市役所建物は 2003年ソウル市の申請によって登録文化財(52号)になり, 大きなドーム型の太平ホールは 1926年京城府庁が完工された後、京城府会(今のソウル市議会)の会議場として, イルボンに捨てられた後は大会議室と接見室として使われた. 現在は幹部会議や市の主要行事が開かれる空間だ.
(これだから、朝鮮人はチュラいんだよ。
たまには代われ!このヤロー!<丶`∀´> )
http://kr.news.yahoo.com/service/news/shellview.htm?linkid=42&articleid=2006101220040222923
これは メッセージ 1 (retribution さん)への返信です.