朝鮮人の日本の侵略史
投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2006/06/12 17:57 投稿番号: [193026 / 203793]
記録に残ってるだけでもこれだけある
弘仁四年(813年)、新羅の賊千百人が平戸に来寇し、九人を殺して百余人を連れ去った。
貞観十一年(869年)五月二十二日夜、新羅の船二隻が博多湾に侵入し、豊前国の年貢を奪って逃走した。
寛平五年(893年)五月には肥前松浦郡、閏五月には肥後飽田郡に来寇した。
寛平六年(894年)九月、新羅から賊二千五百人が四十五隻の船で対馬に来襲
長徳三年(997)には高麗の賊が壱岐対馬を侵して肥前に迫り、奄美島民が筑前筑後薩摩壱岐対馬に攻め寄せた。
翌四年(998)二月には高麗の、九月には南蛮の凶徒が大宰府の討伐を受けている。
長保元年(999)八月、朝廷は大宰府に南蛮の討伐を命じ、大蔵春実が戦果をあげた。
長和三年(1014)にも高麗が攻め寄せ、大宰府の討伐を受けている。
寛仁三年(1019)三月二十八日、五十余隻の船団が突如として対馬に来襲
平安中期から末期にかけて、新羅・高麗・南蛮等、様々な異民族が、
たびたび九州に攻め。侵略は北九州のみならず、薩摩大隅に及んだ。
まさに、盗人猛々しい。
我々日本国民は正式に上、下朝鮮に対し謝罪と賠償を要求する。(水爆)
これは メッセージ 1 (retribution さん)への返信です.
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