倭猿物語 嗚呼!君知るや真似っこ人生
投稿者: apoon_5 投稿日時: 2006/06/07 04:40 投稿番号: [192833 / 203793]
日本人になりたがるちょうせんぢん、って言われちゃった
<実は中国人になりたがったが、とても無理なのであきらめた猿の話>
〜我らは世界で最も古い皇室を戴く伝統ある神の国の民ぞ!〜
元号は、2千年程前の中国の皇帝が、時間をも支配すると
権力を誇示するためはじめました。
中国人になりたくてなりたくて、
振り向いてもらえず、
「誰かこの野蛮な猿に文明を教えてやれ」と嘲笑された真似っ子倭猿ぢゃっぷは
せめて元号ぐらいは真似っ子しようと、大化という元号を使いました。
しかし、根気のない・飽きっぽい倭猿は、
その後、斉明天皇から弘文天皇まで30年間元号は使いませんでした。
大宝の時代から、「唐の制度にならって」元号が制度化されました。
しかし、自分の文字ももたなかった悲しい倭猿は
元号は史記・漢書など、中国古典から選んで、たいそう有難がったということです。
やがて、サブライの時代がきて、倭猿ブシの棟梁が国の実権を握ると
禁中並公家諸法度という法律でサブライが改元の主導権を握ることになり、
将軍代替わりにも改元できるようになりました。
このころまでは
倭猿は皇室を文化の頂点とする、国家の観念など存在しませんでした。
後になって、誰かがテキトーに引っ付けた理屈という説もあります。
このような、中国文明を教養の頂点とする風潮は、近代化以後もあらたまらず
今でも元号は中国古典からパクっています。
例えば、明治は中国古典「周易」から
聖人南面而聴
天下○明而治
(丸はフォントなし)
昭和は『書経』から
百姓(昭)明
協(和)萬邦
昭和は国民の平和と世界の共存繁栄を願ったものですが
愚かな倭猿は、すぐに忘れて戦争ばかりしていました
大化から247個目の平成は
『史記』内平外成
『書経』地平天成
という具合です。
しかるに、
知能の低い倭猿の一集団ウヨは
中国人をパクリと笑っている、脳天気な奴らです。
やがて、自ら起こした戦争で完膚なきまでに打ちのめされ
鬼畜米英と罵った敵に、養ってもらって、施してもらった武士道精神の倭猿。
戦後の新憲法で旧皇室典範は廃止、元号は法的根拠失って慣習になりました。
しかし、
大平内閣の昭和54年、「元号法」が成立し、
元号に新たに法的根拠が与えられました。
その際、西暦がわかりやすくていいという意見もありましたが、
一集団ウヨは
何もかも、中国のパクリのはずの元号なのに
「ニッポンの伝統」を守れ!、と
わけのわからないことを
わめき散らしていたとさ。
めでたしめでたし
これは メッセージ 192832 (apoon_5 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a4ja4bc4z9qbfma4oa1a27ya4oa4la4ka4na4aba1a9_1/192833.html