諦覇民愚(ていはみんぐ)
投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2006/06/03 04:31 投稿番号: [192737 / 203793]
古代中国、各国の武将が覇を争った戦国時代は、あまたの国が興り、同時に
消えていった時代でもある。それらの国の名が、全て記録に残っているという
わけでもなく、歴史の中に埋もれた弱小国もあった。
ある時、今では名前もわからぬある国にも戦乱の波が押し寄せた。王は俄然やる気で
あったのだが、その国の民はみな怠惰で、そのくせ自己主張だけは強かった。
例えば他人の優れたところを見れば「それは私が始めたものだ」などと言い出したり、
他人の持ち物を「それはもともと私のものだ」などと言い出し、口論となると相手に
謝罪と賠償を要求し、受け入れられなければ癇癪を起こすような民ばかりだった。
結局その国は戦いに破れ、王は処刑される前にこう言い残したという。
「我諦覇民愚故(我、覇を諦むるは民の愚かさ故なり)。」
国の名も、王の名も記録に埋もれてしまったが、この言葉は国の堕落を戒める
言葉として受け継がれていき、漢詩が流行する頃には「我」と「故」が略されて
「諦覇民愚」と記されるようになった。
現代において、大韓民国をハングル語で「テー・ハ・ミン・グ」と発音するのは、この故事が
由来であるという説が、昨今の研究者の間で囁かれている。
彼の国がその名前の通り、愚かな国にならぬ事を祈らずにはいられない。
民明書房・刊
「国敗れて三倍満
〜戦争と平和(ピンフ)〜」より抜粋。
これは メッセージ 1 (retribution さん)への返信です.
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