なぜ韓国人は、嫌われるのか?

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萬年属国ってこのことか?

投稿者: apoon5 投稿日時: 2006/03/27 22:10 投稿番号: [191299 / 203793]
冊封体制ってのは、オトナの関係だったんだよ!
バ〜カw

「属国と自主の間」

  清朝は西欧に、朝鮮は「属国」だと説明する。しかし現実に実効支配しているわけではない。朝鮮は属国でありながら自主でもある、あいまいな関係にある。そのあいまいさが東アジアを安定させている。やがて日本が属国か自主かの二者択一を迫り、日清戦争に至った――。「一つの事実や言葉でも、立場によって見方の違いがあり、齟齬(そご)が生まれる歴史を描いたつもりです」
  読み込んだ史料は日本語や中国語にとどまらず、英語、ハングル、ロシア語、フランス語、ドイツ語に及んだ。見えてきたのは、「漢文がいかに〈装って〉いるかということでした」。一つの事件の記述でも、清の文書は自国にとって威勢のいい表現になる。対して、欧米の文書は同じ事実をより正直に表現する。そこから、漢文がどのように現実を〈装って〉いるかが分かってくる。実効支配していないのに属国というのも、一つの〈装い〉だ。
  表現される言葉と裸の現実がどれだけ違っているかを知ることは、現代の中国理解にも求められる視点だという。「漢文はしっかり読んでも、それが本当にあったこととは違っている。そこが難しいところです」
http://www.yomiuri.co.jp/book/news/20060203bk02.htm


日清戦争は、「属国自主」と呼ばれる「清韓宗属ノ関係」の虚構   ――   一方で朝鮮は「自主」でありそこでの事件については直接の責任は負わないとしつつ、他方、朝鮮はなお中国の属邦であり独立王国と認められないとの清朝の立場   ――   をめぐる葛藤であったし、それを崩壊させる契機となった。
  「自主属国」は小中華を自認する朝鮮にとって過酷な状況を強いることになったが、朝鮮は中国には「事大」、日本とは「交隣」によって、国際関係の安定と「自主」の対面を保った。しかし、西欧列強の「文明国の法」がこの地域に挿入され、日本がそれに適応し、自己主張を始め、朝鮮もまた、それを援用し、清朝のあてがいぶちの「自主」ではなく自前の「自主」を自ら定義し始めるに至ってその体制は根本から揺らぐ。
  第六章「朴定陽のアメリカ奉使」をひもとくがいい。
  1887年8月。朝鮮国王高宗は、朴定陽を駐米公使に任命したが、清朝皇帝は「朝鮮が西洋諸国へ公使を派遣するには、あらかじめ清朝に指示を仰がなくてはならぬ。出発は許可が出てからあらためて行うこと」との諭旨を下した。朴定陽は足止めを食らった。朝鮮は清朝に朴の派遣を申請し直す。
  清朝は、公使が任地に赴いた場合、まず、中国使館に報告に行き、中国行使の随伴の下、任地政府に挨拶にいくこと、社交の席では席次は中国の下とわきまえること、重要な外交案件の場合、中国の意見を尊重すること、の「三端」の条件をつけた。しかし、朴は清朝の公使館を訪れないまま、国務長官との会見を済ませてしまった・・・。

お前らウヨは
NETのパッチワーク、受け売りだけでなく
読書をしろ
オマエのカキコ
ほとんどがNETの継ぎはぎぢゃんか!
バ〜カw

ウェ〜ハッハ

報道STはじまったので
ふけま〜す

また相手してやる

いつでもかかって来い、クサレNETウヨ♪
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