ぢゃ、バカアクラ♪(ごめんネ)
投稿者: apoon5 投稿日時: 2006/03/18 05:47 投稿番号: [190563 / 203793]
>現在の日本経済を構成する主要な要素は、戦時期に作られた」という仮説
>制度や官僚・企業人の意識の連続性が戦後の繁栄を築いた部分も否定しないでね。
それは仮説ではない、現実。
日本は工業化していた。
ただ、それだけで今日があったと考えるのが倒錯ウヨ。
問題は、そのレベルと、規模と実体。
ウヨのプロパンガンダの
「もともと日本はすごかった」
「なんでも日本にはあって、自分の才能と努力だけで成功できた」
論は要注意。
チミは日本には知財が足りず、特許料払って生産してたことも知ってるの?
ロシアは有人宇宙ロケットを打ち上げ、高度な戦闘機を輸出できるが
あまり、競争力のある電子レンジは作れない。
わっかるかなぁ〜?
>事実認識の問題として、日本は純粋に平和産業で発展したわけではない。
>戦後日本経済の回復軌道を作ったのは、朝鮮戦争であり、日本経済発展の基礎技術は、
>アメリカの軍事技術の技術移転によるものが大きい。
http://www.mita.cc.keio.ac.jp/econ/gendaishiso/transcript/020118.htm
>1970年代にアメリカが日本を非難したのは、特許料を外国に払いながら、
>なおその数百、数千倍の高額の利益を得ていると言うことであった。
>先端技術の場合、第二次大戦でアメリカ軍が使用した超短波やマイクロ波技術などは、
>日本に積極的に持ち込まれ
>ソ連や中国を封じ込めるための、防衛網整備のために日本に供与された技術でもあった
>例えば自動車は、輸入車を管理体制に置き、外国メーカーのライセンス生産
>をすることで短期間で技術を取得した。
(安かろう、悪かろうは日本車の代名詞だったことは世界の教科書で)
>日本は、これらの基金から救済・復興支援を受けました。
>日本に対しては1946年よりガリオア基金、1949年からはエロア基金の2つを通じて
>合計18億ドル(現在価値で約12兆円相当、内13億ドルは無償)が供与されました。
>これらの見返り資金注)は通貨安定、国鉄、電気通信、電力、海運、石炭など
>インフラをはじめとする経済復興用低利融資の原資となりました。
>日本がこれらの世界銀行の債務を完済したのは、1990年7月と、比較的最近のことです。
>第二次世界大戦後、わが国は、衣食住すべての面において、極端な窮乏状態になりました。
>「腹を空かせ、病に苦しむ日本の子供たちを救おう」と、食料品や医薬品さらには
>日用品などの膨大な救援物資が「ララ物資」あるいは「ケア物資」として海外のNGOの手により届けられ、
>1946年から1952年までの間に、1,400万人以上、
>即ち当時の日本人の6人に1人の割合でその恩恵を受けたと言われます。
>冷戦の間、米国は日本が中立に傾くことを恐れ、日本をアジアにおける共産主義の防波堤
>の発展モデルにするために、日本にだけ国内市場の保護を許してきた。
>米国はまた、日本に米国市場への輸出を奨励し、それと同時に米国から日本への
>技術移転を促進した。
>ただし、日本はその技術の所有者である米国企業に対し、
>日本への投資や日本市場における販売を許可しなかった。
>制度や官僚・企業人の意識の連続性が戦後の繁栄を築いた部分も否定しないでね。
それは仮説ではない、現実。
日本は工業化していた。
ただ、それだけで今日があったと考えるのが倒錯ウヨ。
問題は、そのレベルと、規模と実体。
ウヨのプロパンガンダの
「もともと日本はすごかった」
「なんでも日本にはあって、自分の才能と努力だけで成功できた」
論は要注意。
チミは日本には知財が足りず、特許料払って生産してたことも知ってるの?
ロシアは有人宇宙ロケットを打ち上げ、高度な戦闘機を輸出できるが
あまり、競争力のある電子レンジは作れない。
わっかるかなぁ〜?
>事実認識の問題として、日本は純粋に平和産業で発展したわけではない。
>戦後日本経済の回復軌道を作ったのは、朝鮮戦争であり、日本経済発展の基礎技術は、
>アメリカの軍事技術の技術移転によるものが大きい。
http://www.mita.cc.keio.ac.jp/econ/gendaishiso/transcript/020118.htm
>1970年代にアメリカが日本を非難したのは、特許料を外国に払いながら、
>なおその数百、数千倍の高額の利益を得ていると言うことであった。
>先端技術の場合、第二次大戦でアメリカ軍が使用した超短波やマイクロ波技術などは、
>日本に積極的に持ち込まれ
>ソ連や中国を封じ込めるための、防衛網整備のために日本に供与された技術でもあった
>例えば自動車は、輸入車を管理体制に置き、外国メーカーのライセンス生産
>をすることで短期間で技術を取得した。
(安かろう、悪かろうは日本車の代名詞だったことは世界の教科書で)
>日本は、これらの基金から救済・復興支援を受けました。
>日本に対しては1946年よりガリオア基金、1949年からはエロア基金の2つを通じて
>合計18億ドル(現在価値で約12兆円相当、内13億ドルは無償)が供与されました。
>これらの見返り資金注)は通貨安定、国鉄、電気通信、電力、海運、石炭など
>インフラをはじめとする経済復興用低利融資の原資となりました。
>日本がこれらの世界銀行の債務を完済したのは、1990年7月と、比較的最近のことです。
>第二次世界大戦後、わが国は、衣食住すべての面において、極端な窮乏状態になりました。
>「腹を空かせ、病に苦しむ日本の子供たちを救おう」と、食料品や医薬品さらには
>日用品などの膨大な救援物資が「ララ物資」あるいは「ケア物資」として海外のNGOの手により届けられ、
>1946年から1952年までの間に、1,400万人以上、
>即ち当時の日本人の6人に1人の割合でその恩恵を受けたと言われます。
>冷戦の間、米国は日本が中立に傾くことを恐れ、日本をアジアにおける共産主義の防波堤
>の発展モデルにするために、日本にだけ国内市場の保護を許してきた。
>米国はまた、日本に米国市場への輸出を奨励し、それと同時に米国から日本への
>技術移転を促進した。
>ただし、日本はその技術の所有者である米国企業に対し、
>日本への投資や日本市場における販売を許可しなかった。