Re: 東南アジアの韓人抗日運動
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/02/05 19:44 投稿番号: [188326 / 203793]
ご紹介の記事より、
>独立記念館は今回の調査で1913年、香港で白巌朴殷植(ペクアム・パク・ウンシク)先生が中国革命政府の援助を受けて発刊した独立運動誌「香江」の創刊号を見つけ出し、1928年に台湾で日本天皇の義父、久邇宮邦彦王(香淳皇后の父)を暗殺した趙明河(チョ・ミョンハ)烈士の義挙場所を正確に確認する成果も上げた。
久邇宮の暗殺とは初耳ですねぇ。(苦笑)
>当時フィリピン政府は「日本のパスポートを持っていなければならず、1人あたり50ウォンが必要」との条件を提示した。当時50ウォンといえばコメ5かますに値する額で、労働者1人の月給がコメ1〜2斗に過ぎなかった当時としてはかなりの大金だったほか、日本のパスポートの取得も困難を極めた。
そりゃ、当時は「日本国民」でしたから。
>1927年は、夢陽呂運亨(モンヤン・ヨ・ウニョン)が初期臨時政府と事実上決別し、独自の独立運動を模索した時期。中国上海の復旦大学サッカーチームを指導していた呂運亨は同年、サッカーチームを率いてフィリピン遠征に向かった。
ようは党争に敗れて出奔したわけだ。
>呂運亨は現地の歓迎イベントで「南方植民地の民衆は帝国主義に対立し、連帯しなければならない」と演説、日本側の抗議で米国警察によりマニラの中国YMCAビルに抑留される。
おいおい、本業のサッカーチームをしっかり指導しろよ。政治活動のためにサッカーをだしにしたのかい?
これは メッセージ 188313 (doronpa90 さん)への返信です.
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