Re: Jap0の「大いるぼん帝国まんせー」?
投稿者: apoon5 投稿日時: 2006/02/03 04:01 投稿番号: [188245 / 203793]
(歴史教科書
インドより)第12章
1919年から第二次世界大戦までの世界より
(■)第二次世界大戦
前大戦同様、第二次世界大戦はヨーロッパで勃発し、世界戦争の様相を呈した。
西欧諸国が満州侵略からチェコスロバキア併合に至る、日本、イタリアおよびドイツの
あらゆる侵略行為を黙認したという事実にもかかわらず、ファシスト諸国の野望は依然と
して満足させられていなかった。これらの諸国は新たな世界再分割をはかり、こうしてすで
に確立した帝国主義勢力の体制と対抗するに至ったのである。宥和政策はファシスト勢力の
矛先をソヴィエト連邦に向けさせようとする西欧諸国の政策は、独ソ不可侵条約によって
失敗していた。こうしてファシスト国家と主要な西ヨーロッパ諸国−イギリスとフランス−
の間で、ヨーロッパを舞台とする戦争が開始された。数ヶ月を経ずして、それは次第に多くの
地域に広がり、究極的には世界中のあらゆる国を巻き込むことによって、世界戦争へと発展
していった。
(歴史教科書 インドより)第12章 1919年から第二次世界大戦までの世界より
■戦争の拡大
皆さんはすでに1931年の日本の中国侵略について学んだ。1937年には日本は
新しい侵略を開始した。日本は反コミンテルンの日本、ドイツ、イタリア三国防共協定の
当事国の一つである。1940年9月にはこれら3国はいっそう緊密に相互を結び付けるもう
一つの協定に調印した。日本は「ヨーロッパの新秩序確立におけるドイツとイタリアの
主導権」を承認し、アジアの新秩序確立に関しては日本の主導性が承認された。これは
世界再分割をはかる協定であった。
1941年12月8日、日本はハワイの真珠湾のアメリカ海軍基地に大規模な襲撃を行った。
そこに停泊していたアメリカ太平洋艦隊は破壊された。アメリカは20隻の艦船と約250機
の戦闘機を失った。そしておよそ3,000人が戦死した。アメリカ側は全くの不意打ちを
くったのである。
当時、アジア、太平洋における紛争に決着をつけるための日米両政府間の交渉は続行中で
あった。アメリカ政府は日本の中国侵略後においてさえも、日本への多くの重要物資の
供給を認可していた。交渉半ばでの真珠湾攻撃は、日本がアジア、太平洋征服を決意した
ことを示した。
これとともに第二次世界大戦はまさに全地球的なものとなった。アメリカ合衆国は12月
8日に対日戦線を布告し、この直後にドイツおよびイタリアがアメリカ合衆国に宣戦した。
アメリカの参戦に続いて、アメリカ大陸の全ての国がドイツ、イタリア、日本に対する戦争
に参加した。
日本はアジアにおいて重要な勝利をおさめていった。真珠湾攻撃後6ヶ月足らずで、
日本軍は、マラヤ、ビルマ、インドネシア、フィリピン、シンガポール、タイ、香港その他
広大な地域を獲得した。
1942年半ばにはファシスト勢力はその力の絶頂に達していた。それ以降、その崩壊が
はじまる
(■)第二次世界大戦
前大戦同様、第二次世界大戦はヨーロッパで勃発し、世界戦争の様相を呈した。
西欧諸国が満州侵略からチェコスロバキア併合に至る、日本、イタリアおよびドイツの
あらゆる侵略行為を黙認したという事実にもかかわらず、ファシスト諸国の野望は依然と
して満足させられていなかった。これらの諸国は新たな世界再分割をはかり、こうしてすで
に確立した帝国主義勢力の体制と対抗するに至ったのである。宥和政策はファシスト勢力の
矛先をソヴィエト連邦に向けさせようとする西欧諸国の政策は、独ソ不可侵条約によって
失敗していた。こうしてファシスト国家と主要な西ヨーロッパ諸国−イギリスとフランス−
の間で、ヨーロッパを舞台とする戦争が開始された。数ヶ月を経ずして、それは次第に多くの
地域に広がり、究極的には世界中のあらゆる国を巻き込むことによって、世界戦争へと発展
していった。
(歴史教科書 インドより)第12章 1919年から第二次世界大戦までの世界より
■戦争の拡大
皆さんはすでに1931年の日本の中国侵略について学んだ。1937年には日本は
新しい侵略を開始した。日本は反コミンテルンの日本、ドイツ、イタリア三国防共協定の
当事国の一つである。1940年9月にはこれら3国はいっそう緊密に相互を結び付けるもう
一つの協定に調印した。日本は「ヨーロッパの新秩序確立におけるドイツとイタリアの
主導権」を承認し、アジアの新秩序確立に関しては日本の主導性が承認された。これは
世界再分割をはかる協定であった。
1941年12月8日、日本はハワイの真珠湾のアメリカ海軍基地に大規模な襲撃を行った。
そこに停泊していたアメリカ太平洋艦隊は破壊された。アメリカは20隻の艦船と約250機
の戦闘機を失った。そしておよそ3,000人が戦死した。アメリカ側は全くの不意打ちを
くったのである。
当時、アジア、太平洋における紛争に決着をつけるための日米両政府間の交渉は続行中で
あった。アメリカ政府は日本の中国侵略後においてさえも、日本への多くの重要物資の
供給を認可していた。交渉半ばでの真珠湾攻撃は、日本がアジア、太平洋征服を決意した
ことを示した。
これとともに第二次世界大戦はまさに全地球的なものとなった。アメリカ合衆国は12月
8日に対日戦線を布告し、この直後にドイツおよびイタリアがアメリカ合衆国に宣戦した。
アメリカの参戦に続いて、アメリカ大陸の全ての国がドイツ、イタリア、日本に対する戦争
に参加した。
日本はアジアにおいて重要な勝利をおさめていった。真珠湾攻撃後6ヶ月足らずで、
日本軍は、マラヤ、ビルマ、インドネシア、フィリピン、シンガポール、タイ、香港その他
広大な地域を獲得した。
1942年半ばにはファシスト勢力はその力の絶頂に達していた。それ以降、その崩壊が
はじまる
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