なぜ大韓民国は、嫌われるのか?
投稿者: amanattousuki2003 投稿日時: 2006/01/21 22:28 投稿番号: [187816 / 203793]
単なる「朝鮮人の、朝鮮人による、朝鮮人のための」墓泥棒の記事だろ?
そこにありもしない日本の盗掘のネタが入るんだ?
だから嫌われるんだよ。
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http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/01/21/20060121000004.html朝鮮王室の墓地に盗掘の跡
西五陵(ソオルン・史跡198号)で盗掘未遂事件が発生した。盗掘犯たちは一晩中墓地をほっていたが、観覧時間が迫ってくると土と芝を元に戻し、次のチャンスを狙った。国が管理する史跡で、午前6時30分から午後5時30分まで一般人に開放される場所で盗掘が発生したのだ。しかも犯行場所は管理事務所のある史跡だった。
文化財庁は、京畿道・高陽市の徳陽区の竜頭洞に位置する西五陵境内の順昌園(スンカンウォン)の墓地に盗掘しようとして掘られた穴があることを西五陵管理事務所側が今月18日午前発見したと19日明らかにした。
明宗(朝鮮の第13代王)の長男順懐(スンフェ)王世子と妻(嬪)のユン氏が合葬されているこの墓には、縦1.4メートル横0.7メートル深さ2.7メートルの穴が空いていた。しかし、盗掘犯たちは棺の周辺に生石灰が厚く敷かれていており、地面を掘るのが難しくなると土と芝を埋め直していた。
朝鮮時代の士大夫以上の墓場には、生石灰で固めた場合が少なくないが、生石灰は時間が経つとコンクリートのように堅くなる。文禄慶長の役の当時、倭軍が50人の人足(にんそく)とともに中宗(朝鮮の第11代王)の妃、文定王后の墓(泰陵)とその息子の明宗の墓(江陵)を盗掘しようとしたが、墓の中の生石灰を堅めたものが極めて硬く、失敗したと朝鮮王朝実録は記録している。
文化財庁の宮陵管理課側は、「16日午後、一部の文化財専門家たちが順昌園を現場検分した際も、盗掘の跡は見られなかった」とし、「16日か17日の深夜、盗掘している途中、明け方に西五陵の観覧時間が迫ってきたためあきらめたものと見られる」と説明した。
西五陵は粛宗(朝鮮の第19代王)と英祖(朝鮮の第21代王)などの墓が安置された場所で、東九陵(トングルン)に次ぐ大きさを持つ朝鮮王室の墓地だ。
朝鮮日報
2006.1.21
これは メッセージ 1 (retribution さん)への返信です.
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