Re: なぜ韓国人は、嫌われるのか?
投稿者: jap_shiit 投稿日時: 2006/01/01 19:01 投稿番号: [186658 / 203793]
司馬遼太郎 『街道をゆく2――韓のくに紀行』
明治三十八年五月、バルチック艦隊が極東にやってくることに対して、東郷艦隊は釜山の西方の鎮海湾を借りて待ちぶせていた。いよいよ「敵艦見ゆ」の信号によって艦隊が出動するとき、当時水雷司令だった川田功という少佐の文章によると、李舜臣将軍の霊に祈った、とある。その文章を借りると、「……当然、世界第一の海将たる朝鮮の李舜臣を連想させずにはおかなかった。彼の人格、彼の戦術、彼の発明、彼の統帥の才、彼の謀、彼の勇、一として賞賛に値いせざるものはない。」 と、ある。明治期の日本の海軍士官が李舜臣という三百年前の敵将に対していかに畏敬の心をもっていたかということがわかるであろう。
藤塚明直 「アドミラル李舜臣を讃ふ」
「私はいつぞや頭山満翁に伴われて、東郷さんのお邸にお伺いし、お目に掛ったことがあるのです」。こう私の昵懇な韓国人李英介氏が話していた。「そのとき元帥が私にこう言われた、『あなたのお国の李舜臣将軍は私の先生です』と」。名提督というものは、藍の色の深々と沈潜した重厚さがあり、何か底から押し上げてくる、寂寥に堪えたところがある。提督李舜臣もこういう人であったかも知れない。あとでまた聞いたことだが、東郷曰く、「自分はネルソンに比べられるかも知れない。しかし李舜臣は私を越えている」と。(中略)明治三十八年五月二十七日未明、「敵艦見ゆ」との警報に接し、連合艦隊は鎮海湾から出動するのであるが、全艦隊が沖を出て間もなく、各艦の将士は遙か西の方を向き、李舜臣鎮魂の礼を行った。残敵急迫中、流れ弾が左腋下から貫通し、海戦七年連勝のこの提督は息を引き取ったのである。李提督を師として忘れずにいた限り、日本海軍には常に栄光があった。
安藤彦太郎・寺尾五郎・宮田節子・吉岡吉典(編) 『日・朝・中三国人民連帯の歴史と理論』
李舜臣というのは、さっき話したいわゆる秀吉の「朝鮮征伐」の時、朝鮮の海軍の大将で、日本の海軍をメチャクチャにやっつけ、朝鮮では軍神とされている人です。(中略)しかもこの李舜臣というのは、ちょっとやそっとの人物ではないのです。面白い話がある。それは、日露戦争の時に東郷平八郎が日本海海戦で大勝利して凱旋した。彼は元帥になった。そのお祝いの席上である人がおべっかをつかって「この度の大勝利は歴史に残る偉大なものだ。ちょうど、ナポレオンをトラファルガーの海戦で敗ったネルソン提督に匹敵すべきあなたは軍神である」といった。東郷はそれに答えて「おほめにあずかって恐れいるが、私に言わせればネルソンというのはそれほどの人物ではない。真に軍神の名に値する提督があるとすれば、それは李舜臣ぐらいのものであろう。李舜臣に比べれば自分は下士官にも値しないものである」と言っています。
李舜臣は東郷を遥かに超越していた。日本海軍は朝鮮水軍を模範として崇拝していた。これが世界の常識。無知無学の日本の皆さんもっと勉強するべき。
明治三十八年五月、バルチック艦隊が極東にやってくることに対して、東郷艦隊は釜山の西方の鎮海湾を借りて待ちぶせていた。いよいよ「敵艦見ゆ」の信号によって艦隊が出動するとき、当時水雷司令だった川田功という少佐の文章によると、李舜臣将軍の霊に祈った、とある。その文章を借りると、「……当然、世界第一の海将たる朝鮮の李舜臣を連想させずにはおかなかった。彼の人格、彼の戦術、彼の発明、彼の統帥の才、彼の謀、彼の勇、一として賞賛に値いせざるものはない。」 と、ある。明治期の日本の海軍士官が李舜臣という三百年前の敵将に対していかに畏敬の心をもっていたかということがわかるであろう。
藤塚明直 「アドミラル李舜臣を讃ふ」
「私はいつぞや頭山満翁に伴われて、東郷さんのお邸にお伺いし、お目に掛ったことがあるのです」。こう私の昵懇な韓国人李英介氏が話していた。「そのとき元帥が私にこう言われた、『あなたのお国の李舜臣将軍は私の先生です』と」。名提督というものは、藍の色の深々と沈潜した重厚さがあり、何か底から押し上げてくる、寂寥に堪えたところがある。提督李舜臣もこういう人であったかも知れない。あとでまた聞いたことだが、東郷曰く、「自分はネルソンに比べられるかも知れない。しかし李舜臣は私を越えている」と。(中略)明治三十八年五月二十七日未明、「敵艦見ゆ」との警報に接し、連合艦隊は鎮海湾から出動するのであるが、全艦隊が沖を出て間もなく、各艦の将士は遙か西の方を向き、李舜臣鎮魂の礼を行った。残敵急迫中、流れ弾が左腋下から貫通し、海戦七年連勝のこの提督は息を引き取ったのである。李提督を師として忘れずにいた限り、日本海軍には常に栄光があった。
安藤彦太郎・寺尾五郎・宮田節子・吉岡吉典(編) 『日・朝・中三国人民連帯の歴史と理論』
李舜臣というのは、さっき話したいわゆる秀吉の「朝鮮征伐」の時、朝鮮の海軍の大将で、日本の海軍をメチャクチャにやっつけ、朝鮮では軍神とされている人です。(中略)しかもこの李舜臣というのは、ちょっとやそっとの人物ではないのです。面白い話がある。それは、日露戦争の時に東郷平八郎が日本海海戦で大勝利して凱旋した。彼は元帥になった。そのお祝いの席上である人がおべっかをつかって「この度の大勝利は歴史に残る偉大なものだ。ちょうど、ナポレオンをトラファルガーの海戦で敗ったネルソン提督に匹敵すべきあなたは軍神である」といった。東郷はそれに答えて「おほめにあずかって恐れいるが、私に言わせればネルソンというのはそれほどの人物ではない。真に軍神の名に値する提督があるとすれば、それは李舜臣ぐらいのものであろう。李舜臣に比べれば自分は下士官にも値しないものである」と言っています。
李舜臣は東郷を遥かに超越していた。日本海軍は朝鮮水軍を模範として崇拝していた。これが世界の常識。無知無学の日本の皆さんもっと勉強するべき。
これは メッセージ 1 (retribution さん)への返信です.