明治38年5月27日午後3時10分
投稿者: acura95_87 投稿日時: 2005/01/26 22:08 投稿番号: [175528 / 203793]
ロシアの植民地となって北朝鮮のような圧制に耐えなければならなかった
朝鮮半島が解放された日でもあった。
第2艦隊 司令長官 上村 中将の独自の判断がなかったら大勝利を逃すところでした。
----------------------------------------
その時歴史が動いた
《日露戦争100年
日本海海戦》
その時:明治38(1905)年5月27日午後3時10分
出来事:日本海海戦で日本連合艦隊がロシア・バルチック艦隊に決定的な打撃を与えた時
日露戦争の最終決戦・日本海海戦で、若き海軍参謀・秋山真之は、必勝戦術「丁字戦法」を駆使して勝利したと言われる。
しかし実は、秋山ははるか以前から、海軍の体質を近代戦術に対応できるように作りかえ、そのうえで丁字戦法を越える戦術を実行していたのだ。国家の存亡がかかった決戦に挑む秋山の姿を通じ、勝負に必ず勝つ策を生み出す発想と、それを実現させる強い組織とはどのようなものかを描き出す。
日本海海戦で秋山に課せられた使命は、ロシア・バルチック艦隊をただ一度のチャンスで殲滅するという、難度の高い目標だった。秋山は古今東西の戦術研究の末、近代海戦における必勝戦術「丁字戦法」を編み出した。これを実現するためには、個々の兵士が作戦目標を徹底的に理解し、秩序だった作戦行動に就かねばならない。
しかし秋山の前に、当時の海軍の秘密主義の伝統が立ちはだかる。そして日本海海戦の前哨戦では、秋山の丁字戦法に、実戦の場では致命的な欠点があることも判明。はたして秋山は、どのようにして海軍を「勝てる組織」へと改革し、丁字戦法を越える新たな策を実現させたのか?
その時歴史が動いた。
http://www.nhk.or.jp/sonotoki/
これは メッセージ 1 (retribution さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a4ja4bc4z9qbfma4oa1a27ya4oa4la4ka4na4aba1a9_1/175528.html