なぜ韓国人は、嫌われるのか?

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○李朝500年の道路事情

投稿者: tairo_jokun 投稿日時: 2004/10/18 23:00 投稿番号: [169535 / 203793]
○李朝500年の道路事情

  李朝時代の518年間、朝鮮には人間が通れる安全な道路は全く無かった。
  新しい役人が現地に赴任すると、「今度の役人は、どれ位泥土に嵌ったか」と尋ねられる位で、幹線道路でも荷車も牛車も人力車もやっと通れる程で、殆どが、田圃の畦道程度のものであった。
  最も重要な幹線と見なされたソウルと義州を結ぶ道路は、宗主国であった中国の使臣が往来する為に、唯一、道路と呼べる様な代物だった。だがこの最重要道路にしても、珠に補修の要請が有って、幾らかの経費を現地に送ると、その4分の3は途中で無くなり、結局必要な費用は、常民・賎民達からの苛斂誅求で賄われると言う有様だった。
  また、殆どの河川には橋が無く、李朝以前に有った橋も壊された。理由は、李朝が高麗に反逆して奪取した政権であった為に、今度は自分達が反対勢力のクーデターに遭う事を恐れて、軍隊が進軍出来ない様にしたからである。
  珠に橋が架けられて居ても、所々に穴が開いていて、現地の事情に疎い者や、夜陰に紛れて橋を渡ろうとすると、足を踏み外して穴から落ちてしまう事も有った。それ故に、橋と足の発音は同じく「タリ」と呼ばれている。
  そうなると渡し舟で対岸に渡る事になるが、無事に着けば幸運だった。薄い板で作られた舟では、往々にして牛馬車や大勢の人達の重みに耐えられず、沈んで了う事も珍しく無かったから、毎年各地で鎮魂祭が営まれた。
  鎖国政策が採られた為、港湾施設と言える様な物も殆ど無く、中国と日本を相手に、僅かな物品のやり取りが有るに過ぎなかった。
  陸上でも、釜山とソウルの場合、400余キロの距離を行き来するのに25,6日間かかるのが普通で、両班の子弟で科挙の試験に赴くものを除くと、旅人も稀だった。
  ソウルと仁川間の32キロも、行き来に5日以上かかり、従って生産・管理・消費・物流などといった社会基盤も無く、近代化とは全く無縁だった。
  こうした事情一つを取り上げても、李朝の「自主的近代化」等と言うものが全くの絵空事で、妄想に過ぎなかった事は明らかだ。
 
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