すべりこみ!
投稿者: hi_de_buw 投稿日時: 2004/10/18 00:36 投稿番号: [169505 / 203793]
bowmore1000さん、ご返事が遅くなりました。
そうですね直接レスを頂いたのは初めてです。有り難うございます。
今にして思いますと、先日の私の“横レス”は少々安易だったかと、反省しています。
今現在、過去レスを確認しきれてはいないので、お話しの経緯についての、私の認識は「100%正確ではない」ことをお含み置き下さい。
大東亜戦争・太平洋戦争に敗北するまでの日本が、“民主主義国家”であったか否か、ということについては人それぞれに様々な見解があると思います。ですから、私も無闇に断定することは避けたいと思っていますが、逆に「“民主主義国家”では無かった」と言いきれるのか、と考えて見ますとそれもかなり無理が有ると思います。
先のレスでも申しましたが、大日本帝国憲法の下、立憲君主制による統治がなされたわけですが、参考までに検索してみますと…
・りっけん‐くんしゅせい 【立憲君主制】
--------------------------------------------------------------------------------
立憲主義を基礎とした君主制。近代における絶対君主が、台頭してきた市民階級の民主主義的要求と妥協した結果生まれたもの。制限君主制。
--------------------------------------------------------------------------------
[ 大辞泉 提供:JapanKnowledge ]
と説明されています。
これは、今日誤解されているることが多い「“天皇”による独裁」や「軍事政権による独裁」などでは無かったことを、容易に想像させうる平易な説明だと思います。
近代になって台頭してきた市民階級の“民主主義的”要求と妥協した結果生まれたが故に、まがりなりにも(選挙権及び被選挙権に一定の制約があったとはいえ)選挙により代議士を選出し、議会を設置していたことは、まぎれも無い事実です。
そして日本は、少なくとも大東亜戦争・太平洋戦争に敗北するまでは、立憲君主制を旨とする大日本帝国憲法によっていたことはまぎれもない事実でしょう。
しかし、その時代において、この地球上に存在した国々の中で、いったい幾つの国が、幾つの民族がこのような社会を作りあげていたでしょうか?
繰り返しになりますが、もちろん当時の社会制度・体制の総てが、今日言われるところの“民主主義”的な価値観とまったく矛盾が無いということは言えないでしょう。
そもそも、“民主主義”なる思想自体が、初めて唱えられた時から今日までの間、時代の変遷とともに絶えず変化・成長・発展してきたはずです。
検索してみますと、以下のようにでてきます。
・みんしゅ‐しゅぎ 【民主主義】
--------------------------------------------------------------------------------
人民が権力を所有し行使する政治形態。古代ギリシアに始まり、一七、八世紀の市民革命を経て成立した近代国家の主要な政治原理および政治形態となった。近代民主主義においては、国民主権・基本的人権・法の支配・権力の分立などが重要とされる。現代では政治形態だけでなく、広く一般に、人間の自由と平等を尊重する立場をいう。デモクラシー。
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[ 大辞泉 提供:JapanKnowledge ]
“民主主義”は現在も、変化の途中にあるのではないでしょうか。
前置きが、甚だ長くなりましたが、bowmore1000さんが言われる“特攻隊”については、当時の日本の政治的体制がどのように影響したかといえば、私の私見ですがその比重はさほど大きくはなかったのではないかと思います。
私の拙い知識では、特攻作戦はもっぱら米軍にたいして実施されたと思いますが、日米開戦当初から計画的に“特攻”を行ったはずはありませんよね。もちろん、不測の事態で等で結果的に自爆攻撃を敢行した場合は別です。
結論は、jawaiさんかhonkyさん、もしくは何方かも言われていたと思いますが、その時代の日本人の“気分”だったのではないかと思うのです。
何しろ、戦局が悪化し軍部も追い詰められていたでしょうし、国家的危機・非常事態ですから、精神状態も尋常ではなかったとしても不思議は無いと思います。くどいようですが、以上はあくまでも“私見”です。
大分、長文になってしまいま申し訳ありません。
このお話しは、どうやらお終いのようですね。また機会がありましたら、宜しくお願いします。
そうですね直接レスを頂いたのは初めてです。有り難うございます。
今にして思いますと、先日の私の“横レス”は少々安易だったかと、反省しています。
今現在、過去レスを確認しきれてはいないので、お話しの経緯についての、私の認識は「100%正確ではない」ことをお含み置き下さい。
大東亜戦争・太平洋戦争に敗北するまでの日本が、“民主主義国家”であったか否か、ということについては人それぞれに様々な見解があると思います。ですから、私も無闇に断定することは避けたいと思っていますが、逆に「“民主主義国家”では無かった」と言いきれるのか、と考えて見ますとそれもかなり無理が有ると思います。
先のレスでも申しましたが、大日本帝国憲法の下、立憲君主制による統治がなされたわけですが、参考までに検索してみますと…
・りっけん‐くんしゅせい 【立憲君主制】
--------------------------------------------------------------------------------
立憲主義を基礎とした君主制。近代における絶対君主が、台頭してきた市民階級の民主主義的要求と妥協した結果生まれたもの。制限君主制。
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[ 大辞泉 提供:JapanKnowledge ]
と説明されています。
これは、今日誤解されているることが多い「“天皇”による独裁」や「軍事政権による独裁」などでは無かったことを、容易に想像させうる平易な説明だと思います。
近代になって台頭してきた市民階級の“民主主義的”要求と妥協した結果生まれたが故に、まがりなりにも(選挙権及び被選挙権に一定の制約があったとはいえ)選挙により代議士を選出し、議会を設置していたことは、まぎれも無い事実です。
そして日本は、少なくとも大東亜戦争・太平洋戦争に敗北するまでは、立憲君主制を旨とする大日本帝国憲法によっていたことはまぎれもない事実でしょう。
しかし、その時代において、この地球上に存在した国々の中で、いったい幾つの国が、幾つの民族がこのような社会を作りあげていたでしょうか?
繰り返しになりますが、もちろん当時の社会制度・体制の総てが、今日言われるところの“民主主義”的な価値観とまったく矛盾が無いということは言えないでしょう。
そもそも、“民主主義”なる思想自体が、初めて唱えられた時から今日までの間、時代の変遷とともに絶えず変化・成長・発展してきたはずです。
検索してみますと、以下のようにでてきます。
・みんしゅ‐しゅぎ 【民主主義】
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人民が権力を所有し行使する政治形態。古代ギリシアに始まり、一七、八世紀の市民革命を経て成立した近代国家の主要な政治原理および政治形態となった。近代民主主義においては、国民主権・基本的人権・法の支配・権力の分立などが重要とされる。現代では政治形態だけでなく、広く一般に、人間の自由と平等を尊重する立場をいう。デモクラシー。
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[ 大辞泉 提供:JapanKnowledge ]
“民主主義”は現在も、変化の途中にあるのではないでしょうか。
前置きが、甚だ長くなりましたが、bowmore1000さんが言われる“特攻隊”については、当時の日本の政治的体制がどのように影響したかといえば、私の私見ですがその比重はさほど大きくはなかったのではないかと思います。
私の拙い知識では、特攻作戦はもっぱら米軍にたいして実施されたと思いますが、日米開戦当初から計画的に“特攻”を行ったはずはありませんよね。もちろん、不測の事態で等で結果的に自爆攻撃を敢行した場合は別です。
結論は、jawaiさんかhonkyさん、もしくは何方かも言われていたと思いますが、その時代の日本人の“気分”だったのではないかと思うのです。
何しろ、戦局が悪化し軍部も追い詰められていたでしょうし、国家的危機・非常事態ですから、精神状態も尋常ではなかったとしても不思議は無いと思います。くどいようですが、以上はあくまでも“私見”です。
大分、長文になってしまいま申し訳ありません。
このお話しは、どうやらお終いのようですね。また機会がありましたら、宜しくお願いします。
これは メッセージ 169489 (bowmore1000 さん)への返信です.