なぜ韓国人は、嫌われるのか?

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勉強になりました

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2004/08/26 12:09 投稿番号: [165459 / 203793]
例の事件の写真の真偽から始まりましたが、みなさん恐縮です。(汗)

>ネクタイ姿は陸軍はhonky氏の仰るとおりほとんど見ません。
(規定ではなかったような...)

陸軍の諸例則的なものは読んだ事がありませんが、よくよく考えれば、規定でないのは明らかだと今思いました。
と言いますのは、山下奉文中将(のち大将)は、シンガポールでのパーシバル中将との会見ではネクタイを着用し、その後、南方で高松宮をお迎えしている際には、上着の襟の外に、白い開襟シャツの襟を出しています。
海軍だと、確かに「冬季」と「儀式」では、准士官以上の陸戦服・第三種軍装はネクタイ着用と書かれてありましたね。
確かに、大戦末期の連合艦隊司令部(日吉)の准士官以上総員の記念写真を見ると、海軍は小澤中将から少尉候補生(海兵74期と思われ)も含めて、全員ネクタイ着用、陸軍の派遣参謀のみ、夏用の軍服で、開襟シャツの襟を外に出していますしね。

>もうずいぶん前ですが、キム拓と唐沢が出演していた特攻隊を扱った映画(「君を忘れない」)がありましたが。
隊長役の唐沢が「海兵72期の大尉」で、キム拓が「海兵後輩の少尉」でしたが。

そうでしたっけ! あれ、一度だけテレビで観ただけです。あまりにもアホらしかった。二度と観たいとは思わなかったです。

>史実では72期は18年卒業ですからフィリピン戦当時は飛行学生(訓練中!)
しかもキム拓は「後輩の少尉」ですから、映画の設定の20年当時少尉は海兵74期。3月に兵学校卒業したばかり!
特攻隊どころか、まだ「赤とんぼ」で離着陸訓練中...

74期は、3月に海兵を卒業して、搭乗員候補者は「少尉候補生」としてすぐに霞ヶ浦送り、そして7月下旬に少尉任官、8月当時は実施部隊にいても、搭乗員としての実戦参加は無かったはずですよね。
反戦運動家の信太正道氏でしたね、74期で、赤とんぼ特攻として千歳から本州に汽車で移動中に終戦になったのは。

>この映画(ドラマですか?)、知りませんでした(笑
「短剣」吊って、ですか...
海軍以前に「船」の事全く知らないのでしょうね...

あ! 吊ると言うのは、士官が腰に短剣を下げているという意味でです。紛らわしい表現ですみません。モチロン、艦橋内で腰に下げるのさえもNGですが。
鈴木清順監督のテレビドラマで、『戦艦大和ノ最期』というのがありましたが(中井貴一主演)、艦内で、士官達が一種軍装でも、戦闘中の三種軍装でも、短剣を腰に下げていたのは大笑いでした。甲板での、紺色の雨合羽までは周到だなと思ったのですが。
それ以前に、「ダイイどの!」「ジブンは!」というセリフで、卒倒しましたが。(笑)
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