>>高級米んついて
投稿者: kohshien21 投稿日時: 2004/02/26 13:17 投稿番号: [155878 / 203793]
>また朝鮮米は日本一の品質でした。
文芸春秋、昭和25年8月号、
著者、元朝鮮総督 宇垣一成。
宇垣一成が総督を勤めたのは1931年6月から1936年7月。日韓併合から既に21年経過しています。
李朝末期の朝鮮半島の稲作は天水田で、農民は両班階級による搾取で無気力となり、そのため飢饉がしばしば発生した。大院君の治世でも発生している。
因みに、日本の農務省による『韓国土地農産調査報告』によれぱ、1905年、農業生産力の高い朝鮮半島南部でさえ、反当たりの平均収穫量は、9斗のみで、当時の日本の平均反当たり平均収穫量、1石6斗の半分強であった。
農民に意欲が無く(農業技術が無い)時代に高級米の生産はできないのが常識。
日韓併合後開始した農業改革が身を結び宇垣総督の頃から高級米が出来るようになったと解釈できる。
総督府が農地改良、灌漑施設、品種改良他生産技術導入を進めた結果、日韓併合時に約1000万石の米生産が昭和の時代に2000万石を超えた。
1930年からの3年間、中国西北部の大飢饉では、餓死者1000万人、1942年にはベンガルの飢饉で餓死者150万人が出た。20世紀前半になっても、アジア大陸各地を相変わらず飢饉が襲い続けた。
朝鮮半島では併合後飢饉とは無縁になった。
これは メッセージ 155815 (sakaemikiduck さん)への返信です.
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