実録三国人警官射殺す!
投稿者: appleseed426 投稿日時: 2001/08/15 21:45 投稿番号: [15222 / 203793]
雑誌『山口組VS警察庁」より
敗戦後、田岡は山口組内に田岡組を作り、新開地を中心に、戦勝国
となって闇市を牛耳る中国人や韓国人のボスと抗争を繰り返した。
田岡は当時の有り様を『田岡一雄自伝』に記している。
「三国人達の横暴はますます激化し、ついには警察を襲撃する事態まで
引き起こしていった。昭和21年2月、神戸生田署の岡政雄巡査部長が彼等に
拉致されて暴行殺害され、同年4月須磨署佐藤進巡査部長がやはり彼等の
手によって射殺された。そればかりではない。警察の威信を根底から覆す不祥事さえ
持ち上がった。即ち不良三国人300人余人は兵庫警察署を襲撃し、署長を
はじめ幹部署員を人質として電話指令交換台を占拠したのである。さらに
彼等は水上警察署を急襲して留置されていた同胞全員を釈放し、水上署
の全監房は彼等の手によって解放されると言う不祥事件にまで発展した。
自分達は戦勝国民だ、ということを楯に、彼等はやりたい放題のことをやり、
その非道、無法は目に余る物があった。彼等の不遜な行動は市民の激しい憎しみ
を集めた。それをあざ笑うように、彼等は神戸市の全警察署を襲撃する計画まで進める
に至ったのである。
警察当局は顔色失った。治安の維持よりも警察そのものを守ることが急務
であった。警察は、私に助っ人の依頼を申し入れてきたのである。即ち
、当時、湊川温泉内に設置されていた兵庫警察署の署長は、三国人
達による本署襲撃に備えて、署員だけではこれを迎撃する力なしと判断
市、同警本部長、警察幹部一同、神戸市長とで緊急会議を開いた結果、
同署長は私に兵庫警察署の応援を求めてきたのである。
『どうやろ、田岡はん。力になってもらえんやろうか』
署長は額に脂汗をにじませていた。
私は敗戦国の警察の無力に憤りと嘆きを感じながら、この申し出を受けて
立った。神戸の治安維持、市民の安全の為、皆一丸となって三国人の暴力
を排除せねばならなかったのだ。」
これは メッセージ 1 (retribution さん)への返信です.
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