高麗国王
投稿者: josyojack 投稿日時: 2001/08/15 19:29 投稿番号: [15198 / 203793]
高麗国王は主戦派でした。少なくとも高麗が船をモンゴルに提供しなければ日本への遠征は不可能でした。
また、モンゴルの侵攻に高麗軍の国境守備部隊の洪福源は寝返りました。
朝鮮が外敵にさらされた場合、多くの場合その勢力に組するものが出てきて亡国のうき目に遭うことが多いと思うのですが。
第二次日本遠征では高麗の忠烈王は主戦論を唱えました。遠征が高麗に多大の負担をかけるのは間違いないのに何故唱えたのでしょうか。
高麗の地位向上と王自身の保身のためでもあったと思います。実際、遠征で痛手は受けましたがモンゴルのさらなる侵攻は無くなりましたし高麗兵の待遇をモンゴル兵と同等にする、といった直訴も受け入れられています。
国王に対し、朝鮮側での評価はいかがですか。やはり民族の裏切り者でしょうか?それとも高麗にとって有利な状況を導いた有能な国王だったのでしょうか?
しかし、支配され命令されたから仕方ないと言うのは究極の無責任さでしょう。
これは メッセージ 15159 (Kmechan さん)への返信です.
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