西郷が賊軍になったことを一番
投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/12/09 01:25 投稿番号: [149783 / 203793]
気にしていたのが明治天皇ですね。
西南戦争の結果、そうなったわけですが。
あの時西郷がこういたのう、あの時西郷が怒ってのう、とか晩酌の折には毎晩西郷の話をしていたらしい。
憲法発布の祝典で、その賊軍の汚名が取れたとき以後、ぴたりと西郷の話をやめたらしい。明治天皇がいかに西郷を愛していたかが分かる。
西郷南州隆盛(1827〜1877)は、明治維新の析、討幕の作戦を指導し、江戸城明け渡しを成功させるなどその立役者となるが、のち征韓の意見が容れられず、大久保利通(1830〜1879)と対立、故郷鹿児島に帰り、西南の役を起こして敗れ、自刃した。隆盛は一時、朝敵の汚名を受けるが明治二十ニ年憲法発布の折許された。
銅像の建立は、明治二十四年、旧友で時の宮内次官古井友美らの呼びかけにより、その生涯庶民的感情をとおした悲劇の国民的英雄に共感する二万五千人もの多くの人から寄金が集められ、明治三十一年十二月十八日除幕式が行われた。最初は皇居前広場に建てる予定だったのを、政府をおもんばかってか上野に変更したといわれる。すでに上野の名は、庶民的場所としてとおってもいたのである。
http://www.ueno.jp/informtion/rekisi_bunnkazai.html
これは メッセージ 149780 (tondemo0 さん)への返信です.
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