一視同仁
投稿者: kdm0709 投稿日時: 2003/09/08 22:42 投稿番号: [143380 / 203793]
木村先生は当時四十歳で未だ独身だった。総督府鉄道局の職員にたいする精神面での教養指導を担当して居られた。京城駅に近い南大門通りの裏町の借家住いだったが、階下三間を私塾方式で法華経の研究と教宣活動の場としておられた。毎週木曜日の夜、学習会が開かれ、また別の日を選んで学生会員のために基礎学習として当面は倫理学者、西晋一郎の「実践哲学概論」の輪読会を義務づけていた。大学の法文学部の法学科に在学していた私は学友藤田の誘いでこの会に出席していたが、同じ誘いで学友の大林、吉田、江上も参加し、医学部の真鍋、有光も参加していた。二階の一間には五十年配の朝鮮人の宗教家一家三名(夫婦と娘)が間借りしておられた。草野水雲と創氏改名し、以前は熱心なクリスチャンだったが木村隆義民の指導によって法華経に帰依された方だった。日本語には会話も記述も非常に熟達しておられた。
私は草野氏が何故キリスト教を離れて法華経の信者になられたのか、その経緯を知りたかった。何と言っても当時、朝鮮民族間における宗教活動では、キリスト教系の活動が全般に行きわたっていたし、内地人の優れた方々も、例えば級友の父、秋月牧師のような方が教宣活動に熱意の篭る努力を続けておられた。
その日の午後は草野氏が一人で留守居をしておられ、木村先生は地方へ出張中だった。私はこの機会にと思って、草野氏の信仰上の体験や内鮮一体問題に関する忌憚の無い意見を聞きたいと願った。
「内鮮一体ということは朝鮮人のみに強制する片務契約的な履行行為であってはなりません。内地人は朝鮮人を、朝鮮人は内地人を自分の身体の半分と思わなければ一体とはなり得ません。内地人は一般にその脳裏に焼きついている狭隘な優越感から脱却しなければなりません」
草野氏の言葉は明確で、その内容は内地人 − 日本人にたいして厳しい批判を含んでいた。草野氏は更に言葉を続けて、
「この機会に言って置きたいが、韓帝国は日本と戦争をし降伏して日本に併合されたのではありません。本来韓民族は武よりも文を専ぶ民族であり、その結果西欧の植民地拡張活動にたいしても日本のように強兵策を採らず、専ら外交交渉によって他国による侵略に対抗して来ました。そして最終的に日本に国土国民全部を併合される条約に調印せざるを得ない羽目に陥ってしまいました。日清戦争、日露戦争に勝利した日本国民はこのような韓民族にたいして、軟弱な民族だと軽蔑する風潮が生じ、朝鮮人という呼称が民族を軽蔑する呼称として受け取らざるを得ない程日本人の差別意識が一般化してしまったのです。
日本による併合領有は両国間の国際関係の成り行き上の勢いだったとしても、合併後、日本は朝鮮人に対し、文を専ぶ民族としてもっと人間として尊重する民族政策を採ることが必要だったと思います。幸い天皇の詔勅で朝鮮民族にたいし『一視同仁』の姿勢が示されています。今からでも遅くはありません。天皇の『一視同仁』のお言葉を再確認し強調し、できるだけ政策面にも反映するように配慮すべきだと思います」
草野氏の説明は正確な日本語で内容も整然とまとめられていた。草野氏は自分の過去の経歴をあまり語らなかったが、言葉の端々に覗く漢籍の知識も広く、哲学的宗教的思索も深かったので、かなりの人物だろうとわれわれは想像していた。毎週木曜日の夜に開かれる学習会にも必ず出席され.て居たが、殆ど発言されず、われわれの討論を終始微笑をたたえながら聞いておられた。
(赤城め!お前は天皇の思し召しを無視し、天皇の顔にクソを塗ってるじゃないか。このクソ非国民め!ドタマ突き出せ!鉄槌を下してやろう-爆)
http://kamome.org/heishi/asia/05.html
私は草野氏が何故キリスト教を離れて法華経の信者になられたのか、その経緯を知りたかった。何と言っても当時、朝鮮民族間における宗教活動では、キリスト教系の活動が全般に行きわたっていたし、内地人の優れた方々も、例えば級友の父、秋月牧師のような方が教宣活動に熱意の篭る努力を続けておられた。
その日の午後は草野氏が一人で留守居をしておられ、木村先生は地方へ出張中だった。私はこの機会にと思って、草野氏の信仰上の体験や内鮮一体問題に関する忌憚の無い意見を聞きたいと願った。
「内鮮一体ということは朝鮮人のみに強制する片務契約的な履行行為であってはなりません。内地人は朝鮮人を、朝鮮人は内地人を自分の身体の半分と思わなければ一体とはなり得ません。内地人は一般にその脳裏に焼きついている狭隘な優越感から脱却しなければなりません」
草野氏の言葉は明確で、その内容は内地人 − 日本人にたいして厳しい批判を含んでいた。草野氏は更に言葉を続けて、
「この機会に言って置きたいが、韓帝国は日本と戦争をし降伏して日本に併合されたのではありません。本来韓民族は武よりも文を専ぶ民族であり、その結果西欧の植民地拡張活動にたいしても日本のように強兵策を採らず、専ら外交交渉によって他国による侵略に対抗して来ました。そして最終的に日本に国土国民全部を併合される条約に調印せざるを得ない羽目に陥ってしまいました。日清戦争、日露戦争に勝利した日本国民はこのような韓民族にたいして、軟弱な民族だと軽蔑する風潮が生じ、朝鮮人という呼称が民族を軽蔑する呼称として受け取らざるを得ない程日本人の差別意識が一般化してしまったのです。
日本による併合領有は両国間の国際関係の成り行き上の勢いだったとしても、合併後、日本は朝鮮人に対し、文を専ぶ民族としてもっと人間として尊重する民族政策を採ることが必要だったと思います。幸い天皇の詔勅で朝鮮民族にたいし『一視同仁』の姿勢が示されています。今からでも遅くはありません。天皇の『一視同仁』のお言葉を再確認し強調し、できるだけ政策面にも反映するように配慮すべきだと思います」
草野氏の説明は正確な日本語で内容も整然とまとめられていた。草野氏は自分の過去の経歴をあまり語らなかったが、言葉の端々に覗く漢籍の知識も広く、哲学的宗教的思索も深かったので、かなりの人物だろうとわれわれは想像していた。毎週木曜日の夜に開かれる学習会にも必ず出席され.て居たが、殆ど発言されず、われわれの討論を終始微笑をたたえながら聞いておられた。
(赤城め!お前は天皇の思し召しを無視し、天皇の顔にクソを塗ってるじゃないか。このクソ非国民め!ドタマ突き出せ!鉄槌を下してやろう-爆)
http://kamome.org/heishi/asia/05.html
これは メッセージ 143368 (kuuboakagi00 さん)への返信です.