米食
投稿者: kkohshien2 投稿日時: 2003/06/25 22:55 投稿番号: [136588 / 203793]
日本と朝鮮半島では米の栽培はホボ同時期であろうと思われるが、朝鮮半島では米が主食となったのは、すーっと後の日韓併合時代と思われます。
金丸訪朝団が初めて金日成に面談した際、金日成が李氏朝鮮時代は一般の民衆は米は食べれなかった。大商人でさえ年に1,2回くらいであったが、北朝鮮民主主義共和国建国以降全ての民衆が白い米をたらふく毎日食べられるようになったと自慢したそうな。しかし、これは嘘だな。
日本では弥生時代に主食となったのであろうか。秀吉の時代には米の供給と価格の安定化を形成する為、堂島に米の先物相場取引所が開設された。(このシステムがシカゴ穀物相場に繋がり、又、現代の金融ディリバティブにも取り入れられた)江戸時代の農民はすでに90余種の品種改良米を自己開発しており、平地のみならず、産地、寒冷地でも米を生産できる体制になっていた。そのため江戸時代は米本位制の経済が発達した。
又生産方法も灌漑設備を施したが、朝鮮半島は天水田でお天気任せ、反収も低かった。半島の反収が日本並みの高い収穫量になったのは日韓併合後であった。
日本の農民のなんと創意工夫のあったことよ。また、米増産の為、支配者階級が地山治水、用水路建設、干拓などに資金を惜しみなく使ったが、李氏朝鮮時代の
両班が農民からタダ搾取したのと大きな違いであった。
これは メッセージ 136570 (dylake2r5j1 さん)への返信です.
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