[誇り高き台湾少年工と「強制連行」
投稿者: kkohshien2 投稿日時: 2003/06/03 00:17 投稿番号: [133282 / 203793]
どころか勝ってに日本に殺到した朝鮮人の落差]
正論6月号
黄
文雄
一部抜粋
「神奈川県大和市では2003年5月10日75歳以上の台湾人1,200人の歓迎行事が挙行され、卒業式も行なわれる予定である。
この台湾人たちは高座海軍工廠でB29迎撃用の雷電を製造する為、台湾から募集された少年8千4百余名の一部だった。少年達が生産に当たった雷電のうち、実際に飛立ったのは128機で、厚木航空基地に編入され多大の戦果をあげた。
戦争終結後、1946年1月から出身地ごとに整然と台湾に帰っていった。ただ惜しむべきは、他県の工場に派遣されていた者を含み50余人が空襲や病気で死亡し、2度と故国の土を踏めなかったことである。この戦没した台湾の少年工たちは、靖国神社の御祭神として合祀された。
なにも報われることのなかった彼等だが、しかし当時を恨むことも悔やむこともしていない。逆に、日本人とともに戦ったことを今でも誇りにしているのである。
近年反日日本人や反日韓国人が、鬼の首を取ったように「朝鮮人だけでなく台湾人に対しても強制連行が行なわれた」
東亜日報(91年10月23日)は「神奈川県下で12歳から18歳の台湾少年工8000人が軍需工場で強制労働させられた」と日本の大学教授のコメントを引用しながら報じた。他の韓国紙も「台湾の子供達が強制連行され、海軍飛行場の建設、工場で酷使され、息を引取った」と話を競って取上げ、歴史捏造に努めた。
元少年工たちが一様に口にする不満は、歴史をしらぬ日本人から「徴用された」と誤解されることである。まして「強制連行」と言われては、もはや黙ってはいられらくなる。彼等は志願したのだから。
つい最近も、ある反日団体が日本告発集会で、元少年工の代表が招かれ講演したところ、「親日」的発言を繰り返したたため、結局主催者と喧嘩別れしたと、直接その本人から聞かされた。」
同じ日本の教育を受け、人間誠実さが大切と学んだにも拘らず、台湾人とちょーせん人の大きな落差はどこにあるのか。
やはり、ちょーせん人にはお近づきしないに限る。
これは メッセージ 133214 (kdm0709 さん)への返信です.
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