re>ニッポンの右翼
投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/05/14 01:44 投稿番号: [131103 / 203793]
尊攘同志会・愛宕山自決事件
1945年15-16日、同会会員10名は、徹底抗戦・鈴木内閣打倒を叫び、木戸幸一内相邸を襲い、失敗するや、「事ここに至った不忠の罪を死をもって謝しまつらん」と8月22日、愛宕山山上で互いに手りゅう弾を投げて自決。
一週間後の8月22日自決会員の夫人3名が後を追って拳銃自殺。
8月23日明朗会会長日比谷和ほか12名が「死して敗戦の責任をとるのが臣民の道」として、宮城まえで自刃。
8月25日、大東塾長代理影山庄平以下14名が「吾等14柱の皇魂をもって無窮に皇城をまもらん」と、代々木練兵場で自決。
昭和24年景山の弟、岩男(神戸湊川高校校長)が占領教育政策を痛憤して自決。
日本キクハタ同志会は機関紙で、
「戦時中の自称愛国者の群れはその赤誠の一片だに示すことなく、
「自称尊王愛国の志士よ、なぜにこの国家非常の日にたたないのか」と批判。
ま、ほんものはすくないというこっちゃな。
田中清玄は、「私の尊敬する右翼は二人しかいない。橘孝三郎さんと三上卓君です」といっている。
赤尾敏や野村秋介のことはぼろくそにいっている。わたしゃ赤尾敏はすきだったんだが。児玉誉士夫のことは、聞いただけで虫唾はが走る、といっている。
ここには女子中学生のシンパもいたな。
http://www24.big.or.jp/~uyotama/
これは メッセージ 131095 (cv_zuikaku さん)への返信です.
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