なぜ韓国人は、嫌われるのか?

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イエス様??

投稿者: kamisanga3 投稿日時: 2003/04/04 21:44 投稿番号: [127071 / 203793]
>「花より、マン○」だ、子羊よ。

花より、饅頭か?

饅頭は、中国から伝わったんで、イエスにはあんま関係ないかも。

平均18歳7ヶ月半で営々と子孫を残してゆくと、652年で35代目になる……。思わずそんな計算をしたくなるほど、饅頭元祖の店「塩瀬総本家」の歴史は古い。
饅頭起源説には諸説あるようだが、南北朝時代(室町時代でもある)の1349年、中国大陸から渡来した一人の男が、京都で和菓子の定番"饅頭"を考案したというのが、有力な説だ。男の名は林浄因(りんじょういん)。「禅」の修行のため大陸に渡っていた京都・建仁寺の禅師、龍山徳見が帰国する際、師に付き従って日本にやって来た人物だ。そんな林浄因がなぜ饅頭を考案することになったのか?

きっかけは、当時、建仁寺など禅寺を中心に行なわれていた「お茶会」なのだという。塩瀬34代目の当主、川島英子さんによると、東山文化が栄え、禅の思想が尊ばれていた室町時代、当時の最先端カルチャーを発信する場でもあった禅寺では、上流階級の社交場として、茶の湯の文化が花開いていた。特に、茶の飲用を日本に普及させたとされる栄西が開山した建仁寺は、その中心的存在だった。ところがその頃の日本には、茶菓子といっても胡桃(くるみ)、栗などの木の実や、干した柿くらいしかなく、先進国から来た浄因には、"庫裏"(くり)と呼ばれる寺の台所に並ぶ茶菓子が、物足りなく見えたわけだ。何か新しい茶菓子を作れないか?   試行錯誤の末、浄因は中国の饅頭(マントウ)に、日本古来の食材、小豆を融合するアイデアを思いつく。本場中国では豚肉や野菜などを詰め、点心として食べていた饅頭。その基本コンセプトはそのままに、皮の中に肉の代わりに小豆を煮詰めた"あん"を入れた。こうしてお茶菓子として誕生した"小豆あん饅頭"は、肉食禁止の禅僧にも受け入れられ、次第に評判となっていったのである。ちなみにこの頃、輸入品だった砂糖はまだ大変な貴重品で、饅頭が庶民の食べ物として普及するのは、江戸時代も末期になってからである。

上流社会に新しい楽しみをもたらした饅頭。その功績が認められた浄因を祖とする「塩瀬総本家」は、この後、権力の中枢と深く関わりながら、35代の歴史を積み重ねてゆくことになる。
http://da.amuse.co.jp/tabemono/manju/manju1.html
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