「韓国 堕落の2000年史」 崔基鎬
投稿者: BlackBeans 投稿日時: 2003/03/11 14:52 投稿番号: [123710 / 203793]
(全文引用)
李朝は信義がまったくなかった。そのために国際的な信頼を得ることも、まったくできなかった。高宗は、実父の大院君と后の閔妃とのあいだで激しい闘争が繰り広げられている間も、傍観をつづけて、多数の犠牲を出した。閔妃の政策も、ある時は清国に接近し、ある時は日本に擦り寄り、親清かと思えば、親日に変わり、日本を捨てると、ロシアと結んだ。庶民の生活を思いやることが全くなかったのは、李朝の支配者の通弊であったとしても、高宗の実父であり、恩人であった大院君を追放し、清国の袁世凱をそそのかして逮捕させるなど、智謀家ではあったが、その行ないは倫理に大きくもとったものだった。背恩忘徳の生涯であった。高宗も、閔妃も、大院君も、ただ権力を維持するために、その時々、力がある外国と結んで利用し、政治をもてあそんだ。
これは メッセージ 1 (retribution さん)への返信です.
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